真田丸感想32話「応酬」④三成の敗北


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前回は家康と三成が天下取りの為に大名、寧々をすることが前哨戦として開始されました。

伏見の真田屋敷では幸村と信幸が二人で酒を酌み交します。
信幸が自分の杯に酒を入れながら「徳川殿と石田治部。今の所、些か治部の部が悪そうだな」と言うと幸村は「そもそも格が違います。刑部様もそれを心配されています」と答えます。信幸は杯の酒を飲みながら「徳川を石田が補佐する。それではいかんのか」と聞くと「誰もがそれを望んでいるのですが石田様が・・・」と答えると「これ以上、亀裂が大きくならねば良いがな」と言うと信幸は隣の幸村を見ます。幸村も信幸を見ると小さく何度か頷きます。そして杯の酒を飲み干すと幸村は口を一文字に結び考え込み、信幸は苦そうな顔をするのでした。

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11月、肥前の名護屋城には朝鮮より加藤清正が兵を引き揚げて帰国しました。
三成は清正に「長年に渡る戦。誠にご苦労でござった」と労うと「挨拶はいい。亡くなられたのか」と清正が聞くと「8月18日」と三成は短く答えます。清正は俯きます。「皆が大阪に戻ったところで大掛かりなご葬儀を執り行う積りだ」と言うと清正は俯いたまま小さく何度も頷き「それが良い」と言います。「徳川が既に動き出しておる。これからの豊臣は我等に掛かっておる」と言うと清正が顔を上げます。三成は続けて「お主は案外、城造りも上手いし領内の仕置きも確かだ。ただの戦ばかではない」清正は三成の顔を直視します。三成は「我等で秀頼様をお支えし、殿下亡き後の豊臣家をお守りしていこうではないか」と言うと、清正はやや怒りを含んで「お前には言いたい事が山ほどある」と言いますが「が、敢て言わぬ。我等で秀頼様をお支えし豊臣家をお守りしようではないか」と言うと「だからそれは今、私が言った。今夜は心ばかりの宴を用意しておる。少しでも戦の疲れを癒してくれ」と言い残すと、三成はその場を立ってしまいます。

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宴が開かれます。朝鮮から引き揚げてきた者達は身体に付いた汚れを取り去ることも出来ておらず皆どこか疲れた様子です。三成は同席している長束正家に「私は部屋で仕事をしている。後は任せた」と頼むと「承知致した」と正家は引き受けると三成を送ろうとしますが三成が手で制して断り、立ち上がると正家は皆に「方々。石田治部少輔が退出致します」と大声で告げます。三成は苦い表情を浮かべると、それを聞いた清正が「何だお前、中座するのか」と立ち上がります。三成は背中を向けたまま「申し訳ないが、まだ仕事が残っておる」と言いますが「共に酒が飲めぬというのか」と清正は三成の傍へ歩いて来ます。「そうではない」と三成は言いますが、清正は三成の肩に手を置いて振り向かせると「だったらもっと話そうではないか」と引き止めますが「十分話した」と三成はにべもありません。それを聞いた清正は三成の胸倉を右手で掴むと「儂はお前のそういうところが気に喰わんのだ」と言い正家が対応に困っていると清正は両手で三成の胸倉を掴み「儂等が海の向こうで戦ってる時、お主等はこっちで何をしておった」と言いますが「後ろで算段をするのも戦の内だ」と三成は言うと清正の手を引き剥がして「御免」と言い立ち去ろうとしますが清正は「お前には情っていうもんがねえのかよ」と三成の後ろからしがみ付きます。「手を離せ」と三成は藻掻きますが「お前と飲みたいんだよ」と清正は離しません。これに「私は飲みたくないのだ」と三成は強引に引き剥がすと三成は清正が「佐吉~」と呼び掛ける声も無視して部屋へと引き揚げてしまいました。
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二人の行き違いが如実に表れています。情緒的に秀吉の死を悼み、信頼関係を作りたい清正に対して、三成はあくまで論理的で、其々の役割をこなせば良いという考えです。三成の考えは官僚としては正しいものですが、清正の求める仲間として考えようとすると大きな疑問符が付きます。また、正家は遺言書の序列で見ると三成の下です。従って彼は三成を宴席の各人が送る挨拶をさせる為に退出を宣誓したと見ると文治派の驕りが表れている場面であるとも言えます。そう考えると文治派と武断派の対立が起きるのは避け難いように思えます。

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伏見でも事件が起こります。
秀家に伊達政宗と福島正則が家康の家と婚姻を結ぶ動きが進んでいることが報告されます。秀家は「徳川内府め乱心しおったか、勝手にそのような事を進めて良い筈がなかろう」と激します。幸村は「取り敢えず、これより徳川屋敷に赴き、内府様に真意を伺って参ります。

家康は秀次事件を切っ掛けとして文禄四年八月三日付けで作成された「御掟」と「遺言書」でも禁じられていた大名同士で婚姻を結ぶという暴挙に出ます。
徳川が宴席を開いた効果が表れています。その具体的な効果が三成等奉行衆に反感を持つ諸大名達との接触であり、婚姻関係を結ぶ約束は、その成果の表れです。
家康が婚姻を目論んだ伊達政宗、福島正則、蜂須賀家政、黒田長政という各人の共通点は奉行衆ないしは三成と確執が存在している事です。

しかもこれは三成が朝鮮出兵引き揚げの為に大阪を留守にしているタイミングで行われています。

家康は正にここしかないというタイミングで話を進めています。御掟では婚姻を結ぶ場合に秀吉の許可を得る事が求められています。遺言書は秀吉の死が秘されている状況では公に効果を発揮できない。従って家康は御掟については秀吉から婚姻の許可を得たと言い張ることが出来、且つ遺言書の効果は秀吉の死が伏されている為に効力を発揮できないエアスポットのような状況で婚姻を結んでいます。

秀吉公は死んでおらんのだから遺言は無効じゃろうが

秀吉公は死んでおらんのだから遺言は無効じゃろうが

幸村は家康に向い遺言書の中にある婚姻関係を結んだ理由を問い質しますが案の定、秀吉は未だ生きている事になっているだろうと一休さんが如きとんちにやり込められてしまいました。
唯一の収穫と言えば信幸の子供の件が忠勝に不問とされたこと位です。

明けて正月の5日。大阪城で太閤秀吉の死が公表されます。
秀頼は遺言に従って後見の前田利家と大阪城に入りました。
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そして大谷屋敷で三成は吉継と幸村に加藤清正が家康の娘を嫁に貰う事になったと話します。三成は「どんな経緯でそうなったかは知らぬが、あれは考えていた以上のばかだ」と言い放ちます。幸村は「徳川様のお気持ちが分かりませぬ」と言うと三成は「かくなる上は内府を呼び出し評定の席で問い質す。これ以上の我が儘勝手を許しておく訳にはいかぬ。よいな」と追及する覚悟を決めますが吉継は「徳川内府を糾してその後はどうする」と問います。三成は「老衆から外すつもりでござる」と答えると「今、徳川を外して政が成り立つと思うか」と問いを重ねます。幸村も「私も刑部様のご意見ごもっともと存じます。確かに徳川内府様のやり方は目に余ります。されど、あの方を除いて豊臣の世が続くとは思えませぬ」と言うと吉継も「時を待つのだ。秀頼様がご成人されれば徳川内府が入り込む隙はなくなる」と三成が思い止まる様に説得しますが「それでは遅すぎる」と三成は激昂します。吉継は黙り、小さく何度か頷いてから「どうしても、やるつもりか」と決意の程を聞くと三成は頷きます。吉継は「決して徳川とお主の争いに持ち込むな。あくまでも徳川とそれを除く老衆が相対する形にするのだ。よいな」と忠告すると三成はこれに頷きます。
三成が退出した後に幸村は吉継が書き物をする為の墨を摺り筆の用意をします。吉継は幸村にすまぬなと礼を言い「徳川内府は石田治部が一人で立ち向かって勝てる相手ではない。お主は上杉様と昵懇であったな」と聞くと「一年半ほど人質となっておりました」と幸村は答えます。吉継は「すまぬが、これより上杉様の屋敷へ行って貰えぬか、明日の評定では、石田治部の代わりに踏ん張って頂こう」と言うと幸村は「心得ました」と答えます。吉継は痛む右手を使い、その為の文を懸命に書きます。

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幸村は景勝に吉継の文を届けます。
それを見た景勝は「話は分かった」と答えます。幸村は「是非とも御屋形様にお力添えを頂きたいのです」と頼みます。景勝は「我等は太閤殿下の御前にて誓いを立てた。それを裏切る者を、儂は許さん」と言い協力を約束してくれます。しかし兼続はまた余計な事をといった風情の表情を浮かべます。
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そして家康を追及する評定が開かれる前、家康が到着する前に秀家が他の面々に向って「家康など恐るるに足らん。我等が力を合わせれば徳川家康とはいえ太刀打ち出来るものではない」と説得します。三成も「太閤殿下のご恩に報いる為にも何卒お願い致します」と他の奉行衆と共に頭を下げます。これに輝元は「殿下のご恩を、ご恩とも思わぬ輩に老衆は務まらぬ」と呼応すると「正にその通りでござる」と三成が反応しますが「治部」と景勝はそれを押し止め「後は我等に任せよ」と話を引き取ります。
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その後に家康が評定に到着します。評定は家康を囲むような車座の形で行われます。
秀家は家康に対して「大名同士の縁組は勝手に進めてはならぬと太閤殿下が御定めになった御掟に書かれておる。言い逃れは出来ませんぞ内府殿」と追及しますが何も答えません。正信もその場にいますが、その表情には余裕の色さえ見えます。更に秀家が「内府殿」と呼び掛けると、目を大きく開けて考え込んでいた家康は「御掟の事、忘れておった」と頭に手を置くと「年は取りたくないものですな」と惚けます。秀家は「我等を愚弄するつもりか」と激昂しますが家康は「愚弄とは心外な。備前中納言殿。年寄りは敬って頂きたいものでござる。古き事は子細に至るまで克明に覚えて居るというに新しき事はとんと忘れてしまうのじゃ。例えばかの三方原の・・・」と話を続けようとすると秀家は耐え兼ねたように「もう結構」と話を止めます。家康は「方々、今は我等十人が一丸となり難事を切り抜けるべき時でござろう。それを何事か、この体たらくは。太閤殿下のご遺言を何と心得おるか」と自分の事を棚に上げた挙句に論点をすり替えます。景勝は小声で「忘れたで済む話ではない」と言いますが家康は「何か申されましたかな。上杉殿」と聞き返すと景勝は、やはり小声で「忘れたで済む話ではない」と言い、続く言葉を更に小さな声で「・・・ような気がする」と言います。家康は「上杉殿。お声が小さい。耳に入って来ぬわ。あ」と耳に手を当てて威嚇するように聞き返します。景勝は顔を上げて家康の顔を見定めて数秒間黙りますが「何でもござらん」と引き下がってしまいます。幸村はそれを険しい表情で見詰め、兼続は溜息を吐きます。
家康は「他にご異存のある方は居られるか」と周囲に聞き返しますが、完全に気勢を削がれた格好となってしまい誰も声を上げません。
しかし三成が「徳川内府殿に申し上げる」と立ち上がり声を上げてしまいます。幸村はそれを後ろから潜めた声で「治部様」と止めようとしますが三成は続けます。「物忘れであろうが御掟に背いたのは間違いない事。この責め、如何に負われるお積りか。返答次第では我等九人の合議を持って老衆から退いて頂く」と言います。聞いた家康は声を立てて笑うと「これは異な事を申される。この徳川家康。太閤殿下に直に老衆の御役目を仰せつかった。それを勝手に退けるとは、正にそれこそがご遺命に背く事になるのではないか。違うか、治部少輔。其方こそ、この徳川内府を締め出そうという魂胆。浅ましき限り。そこまでして政を独り占めしたいか」と再び話をすり替えます。三成は「何を仰せられる」と驚き混じりに聞き返しますが「そうはいかぬぞ。何の為の老衆じゃ。儂が退いても前田大納言殿を始めとして、宇喜多殿。上杉殿。毛利殿が目を光らせておる。そうでござるなご一同」と呼び掛けると、沈黙を了解と解して「君側の肝の出る幕ではないわ」と切り捨てようとします。三成は「聞き捨てなりませぬ」と激昂しますが、家康はそれ以上に激昂して「控えよ、治部少輔」と押さえ付けます。

評定は完全なる三成の敗北に終わりました。家康が狸と呼ばれる所以を発揮して両者の格の違いを見せ付けられて終わりました。しかも評定の場で三成と家康の対立を明確化させて終わるという最悪の形に近い終わり方です。

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評定が終わった後も三成は一人座り続けます。幸村はそれを見守りますが夕暮れの中で「そろそろ戻りましょう」と声を掛けます。三成は立ち上がり戻る途中かと思えたのですが幸村に「先に戻っておれ」と声を掛けると何処かへと向います。
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三成は秀吉の納められた甕の前に座っています。いつの間にか辺りは暗くなり、蝋燭の炎だけが照らします。俯いた顔を上げた三成の顔からは涙がこぼれます。
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幸村は評定後も帰らずに三成を待ち続けますが周囲は既に明るくなっています。そんな中で足音が聞こえ、三成が戻ってきました。三成は間の奥に進み背中を幸村に向けたまま「腹は決まった」と告げます。幸村が「いかが為されます」と聞くと三成は「徳川屋敷に夜討ちを掛け、家康の首を取る」と宣言します。

途中で思いましたが三成は秀吉を乗り超えようと彼なりに足掻いていたのかもしれません。しかし三成は決して無能ではありませんが秀吉の実行力を裏付けるものを持ち合わせていません。また、彼を動かすものは自己実現と言う壮大な私情であると言い換えても良いのかもしれません。それに対して家康は確かに豊臣の権力を簒奪しようと動いていますが、明確に示されてはいないものの大義、或いは祈りのようなものを背景に持っている様にも見えました。案外に、それが両者の明暗を分ける事になったのかもしれない等と思いました。

何れにせよ慶長4年正月21日、伏見の長い一日が始まります。

32話「応酬」感想終わり。
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