真田丸感想33話「動乱」①三成の襲撃計画


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前回は三成が家康襲撃を決意した所で終わりました。

慶長4年(1599年)一月二十一日
伏見治部少輔丸に幸村、秀秋、秀家の三名が訪れます。
三成は「徳川屋敷を襲います」と宣言します。それに秀家は頷きます。続けて三成は「徳川内府と正面からやり合っても埒が明きませぬ。ここは思い切って屋敷に討ち入り内府の首を挙げる所存」と言うと秀家が「何時」と聞き「今夜」だと三成は答えます。
秀家は「儂も兵を出そう」と言い出しますが三成は「大事にはしたくないので我が配下の者だけで行います」と断ると幸村に島左近を呼ぶよう様に頼みます。
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島左近は、あのプライドの塊のような三成に三顧の礼をもって迎えられ破格の高禄を受けて仕えています。一説によると三成の知行が4万石の頃に2万石で仕官を受け入れたと言われている程で「治部少(三成)に過ぎたるものが二つあり 島の左近と佐和山の城」と称される程でした。また、三成に家康の暗殺を進言したことがあるとも言われているので考え方も三成に近い傾向が有った人物だったのかもしれませんね。
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幸村に呼ばれた左近は三成の元へと向い、それを幸村が見送ると廊下を向い側から渡って来る人物を見て驚き「もし、江雪斎殿ではございませぬか」と呼び止めると江雪斎も気が付き「真田殿ではないか」と気が付きます。幸村がここにいる理由を聞くと江雪斎は北条が滅び各地を転々として現在は金吾中納言(小早川秀秋)に仕えていると話すと上目で幸村を見やり「数奇な運命でござるよ」と以前の高圧と卑屈さの混じる無理のある笑顔を浮べます。

見ていて江雪斎も苦労したのだろうなぁと思いました。以前の何処か高圧的であった態度はすっかり鳴りを潜めている姿には、やはり物足りなさを感じますが同時に、以前の調子で他の大名に仕えていれば当然の如く疎まれるでしょうし、それが原因で各地を転々とする憂き目を見たのかなぁ等と思いますし、秀秋も見た目によらず気性の激しい人だと言われているので、江雪斎の苦労は現在進行形なのかもしれないと思いもします。
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幸村は次に治部少輔丸の南櫓へと向かうと徳川屋敷を監視する三十朗を「本来ならば大叔父上の後を継いで沼田の城を守らねばならぬのに、すまんな」と言って労を労い肩を叩くと三十朗は「私が願い出たのですから」と答えて外を眺め「案外と近いのですね。徳川屋敷」と言うと「あの手前が宇喜多様の御屋敷だ」と説明します。
三十朗は「いささか驚いております。戦の世は終わったと散々に聞かされていたのに、こちらに参ったらいきなり徳川襲撃ですからね」と鼻息を荒くします。幸村は「今、ここで家康を討ち取って良いのか、それが豊臣の為になるのか、私には皆目、分からぬ。霧の中だ」と言います。それを聞いた三十朗は「源次郎様がこんなに迷っていらっしゃるお姿は初めてです」と言うと幸村は「嘗ては真田の為にと、それだけを考えれば良かった。今は違う。だが、やると決まったら討ち漏らす訳にはいかぬ。どう攻めるか」と幸村は言うと徳川屋敷を睨むのでした。
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三十朗が自ら進んで櫓からの監視を行っているのは戦場の地形把握を行う為と考えると実に理に叶っています。三十朗にはしっかりと頼綱の血が受け継がれているようです。
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次に三成、秀家、秀秋、左近と幸村で集まり徳川屋敷を攻める打ち合わせを行います。
幸村は「宇喜多様の御屋敷は徳川屋敷のお隣。御屋敷のこの塀に梯子を掛けさせて頂きたいと存じます。大通りの反対側でおとりの騒ぎを起こし、その隙に忍び入れば抜かりはないかと」と徳川屋敷の攻め方を提案します。これを聞いた三成は「よき策じゃ」と同意します。
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しかし、伏見の徳川屋敷では正信が「石田治部は、今宵、ここに夜討ちを掛ける積りでござる」と密告を受けます。正信は「よくぞ知らせて下さった」と相手を労い「引き続き頼みまするぞ、江雪斎殿」と頼みます。
江雪斎は徳川に豊臣の内情を伝えていました。
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正信から襲撃の事を聞かされた家康は「江戸へ帰るぞ」と早速、立ち上がり帰り支度をしようと部屋を出て行こうとします。それを正信は「殿。ここで逃げては徳川末代までの恥でございますぞ」と引き止めます。しかし家康は「まだ死にとうないわ」と正信に背中を向けたまま本音を隠さずに言います。「こういうのは如何でございましょうな」と正信は立ち上がると家康の後ろに立つと更に「石田治部は密かに事を為したかったようですが、これを大ごとにしてしまう」と話します。家康は思わず後ろを振り返り正信を見ると「どういう事だ」と腹案を聞きます。「この屋敷を守るように、伏見在住の諸大名達に呼び掛けます」と伝えると「あやつらに守らせるのか」と渋面を浮べます。正信は家康から視線を外して「豊臣恩顧の大名達がどれほど使えるか見極める良い折かと」と言います。その言葉を聞いた家康は髭を指で撫でながら考えると「面白い」と言い、正信は嬉しそうにその様子を見ます。

正に正信の張り巡らせた糸が絡め取るかのように三成の機会を奪って行きます。家康も数を集めて正面からぶつかるのであれば負ける筈がないという算段が立った上での承認なのだと思います。更に今回の襲撃計画を豊臣恩顧の家臣達の家康への忠誠度を測る道具として使い、しかも襲撃に際してぶつかり合うのは結局、豊臣の大名同士だというのでは二重に報われないように思えます。秀吉もこうなることを避ける為に現在の体制を敷いた筈なのですが、やはり世の中と言うのは侭ならないもののようです。

真田丸32話感想「動乱」続きます。
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