真田丸感想34話「挙兵」①三成の復帰


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前回、三成は家康襲撃計画を立てますが実行寸前に思い止まりました。しかし三成を敵視する大名は日に日に増えていきます。

三成は襲撃計画の責を取り屋敷で謹慎しています。
幸村は三成の屋敷へ訪れると早くも秀家が謹慎を解除しようと動き始めていることを報告します。
それを聞いた三成は「私が居なければ政が滞る。そろそろ誰かが動き出す頃合いだと踏んでいた」と書類整理をしながら言いますが、幸村は「お元気そうでほっとしました」と微笑みます。どうやら三成は特に調子が変わる事なく日々を過ごしているようです。
また三成の屋敷には多くの書物が積まれており、それを幸村が聞くと三成は伏見城の騒ぎに紛れて運ばせたと答えます。謹慎で時間がある内に小田原城攻めや朝鮮出陣の記録を整理しようと考えて運ばせたそうです。どこまでも手際の良い男です。

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そして三成の謹慎解除の件で前田利家が徳川屋敷へ訪問して三成の処遇について家康と話し合います。家康は利家の申し入れを「水に流すと致しましょう」と受け入れます。
利家は家康の手を取り「すまぬ」と恩に着ます。
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三成の謹慎が解かれる事となりました。

この辺りは家康の計算が働いているように思えます。当時、利家は家康を警戒しており一時には家康を切ると息巻いて家康を訪問した事すらあると言われています。
しかし、利家も60前後の老齢です。家康としては適当に要求を呑んで時間を稼げば近い内にいなくなると踏んでいるのではないかと思います。何よりも家康は完全に豊臣家の家臣達を掌握した訳ではなく、下手に利家を刺激すれば利家を慕う清正、正則等の武断派は利家に付き、家康と敵対関係となります。
家康は時間を味方にしていると自覚していたのではないかと思います。
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政務に復帰した三成は再び治部少輔丸に入ります。
そこで家康に多少は恩を感じて矛先も鈍るのかと思いきや、そんな事は一切ありません。
早速、秀吉の命に背いて為した縁組を書き連ねます。それを幸村に誤りがないか確かめるようにと渡します。
そこには加藤清正と福島正則の名前が載ります。
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清正と正則等武断派の者達は利家の元を訪れ、三成が家康と武断派大名が近付くことを恐れ家康を殺そうとした事。朝鮮戦争に参加した事に報いらなかった事を相談しますが、利家は「石田治部とは事を構えるな」と宥めます。
更に利家は「儂が死した後も治部と力を合わせて豊臣の家を守り抜け。それがお主らの役目だ」と命じます。

利家は武断派と三成達文治派との対立によって豊臣家が内部分裂を起こし、これが家康の付け入る隙となることが分かっていたのだろうと思います。
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そして三成は幸村と共に寧々の元を訪れると「此度の戦の事、心よりお詫び申し上げまする」と詫びを入れます。寧々は「佐吉、誤解せんといて。私は仲ようして欲しいだけ。みんな、こ~んな子供の頃から知っとるで」と弁解をしますが、三成は「では」と短く言い残して立ち去ろうとします。寧々は付き従う幸村だけを呼び止めます。光成は幸村を残して立ち去ります。

三成の後の敗因の一つは間違いなく寧々を味方に出来なかった事にあります。現在、武断派を抑えているのは利家ですが、寧々は清正、正則を育て、後に裏切る秀秋を養育して来た人物です。もし三成が寧々の重要性を認め味方にする事が出来ていれば武断派の主要人物である清正や正則を諌めてくれたでしょう。更に秀秋の裏切りを事前に防ぐことが出来た可能性すらあります。また、三成は自分の娘を寧々に養女として出しており、三成と寧々の間に伝手がなかった訳ではないので、この辺りは二重に悔やまれる点です。
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寧々は機嫌の悪い顔を見せて深い溜息を吐くと「つまらぬ騒ぎに巻き込まれるのはもうたくさん」と言い幸村に秀頼の婚儀が整った後は出家する積りだと告げると、併せて、その為にきりにも暇を出すことになり次は細川屋敷で奉公することになったと伝えます。
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その後、渡り廊下を歩くきりを幸村が「もう上田に帰れ」と呼び止めます。きりは細川の許しを得ていることを伝えます。幸村は更に「お前、本気で切支丹になるつもりか」と問います。きりは「なりませんよ」と答え、信じる気持ちがあればゼウスの御心に届いていると、信者ではないが信者と同じ効果を得られていると中々に都合の良い解釈を明後日の方角を見てうっとりとした表情を浮かべて答えます。幸村はその点を追求することを諦めると大阪、伏見に不穏な空気が流れ、必ず何かが起きると上田に帰ることを説得しますが、きりは「不穏、大好き。また一緒に乗り越えて行きましょう」と幸村に答えるのでした。どうやら生来の無鉄砲さにデウスの加護が加わわったことでより勢いが強くなっているようです。幸村は険しい表情で受け止めます。
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大阪城では茶々の元へ三成が訪れます。
三成は桃の木を秀頼に贈ります。加えて桃の木の講釈をしますが茶々は途中で聞くのが面倒になったのか「ありがたいこと」と言って植木の葉を触ることで三成の話を早々に打ち切ります。そこで三成は「ご承知頂きたいのは、この度の一件、全ては豊臣家を思っての事」と言いますが、茶々は三成の顔を向こうとはしません。横から大蔵卿局が「左様な話は為さらぬ約束でございましたよ」と釘を刺します。茶々が「詳しい事情はよう知らぬのです」と言うと「これだけは胸に留め置かれませ。徳川内府を信じては為りませぬ」と進言しますが、ここで大蔵卿局が身を乗り出して止めに入ります。これに三成は「ご無礼仕りました」と引き下がります。その姿を茶々は見ますが何事か考え込む様子を見せると自身にも何か胸に引っ掛かるものがあったのか三成の贈った桃の木を縁側からよく見える所に植えるよう且元に指示を出します。

どうやら茶々は意図的に政治的な場面からは身を遠ざけている様子です。代わりに大蔵卿局がそういった判断を仕切っている様子です。これが後に大蔵卿局が豊臣家を滅ぼした一因であると言われる所以とも為って行きます。
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また三成は政治の権力が寧々ではなく茶々に有るものと考えているようです。その為に、わざわざあの男にしては珍しく桃の木を贈る等という事までしています。加えて寧々は出家するとまで言っているので一見すると三成の判断は正しいのですが(人としてはどうかと思いますが)今後の関が原の戦いにおいての主要人物達への影響力は大きいという点で寧々の価値を見誤っています。
しかし、内部の政治闘争によって豊臣家の人間は団結する事が出来ず、権力を握る人間は危機意識に欠ける。一方で考え方や行いに問題はあるけれど豊臣家存続を考える三成は、人から疎まれているが故に家康にとって天下取りの為には願ってもない状況が勝手に整い始めているのは皮肉です。それとも家康のことを時代が選んでいるということなのでしょうか。

真田丸34話「挙兵」感想つづきます。
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