真田丸感想34話「挙兵」④戦の始まり


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前回、家康が三成襲撃を企てる武断派七将との仲裁と引き換えに三成が蟄居する事になりました。

今回は幸村が家康から呼び出されます。
家康は幸村に自分の下で働かないかと勧誘しますが幸村はこれを断ります。
しかし家康は「お主を買っておるのだ」と尚も誘いを掛けます。更には家康は幸村の肩に両手を添えて「先々、奉行の列に加えてやっても良いぞ」とまで言うのですが、幸村は後ろに下がると「お断り致します」とこれも断ります。
その理由を家康は聞くと幸村が答えます。
「石田治部少輔様は己が身を省みることなく誰よりも豊臣家の事を思い尽くして来られました。その石田様を持ってしても内府様の下では務める事が叶いませんでした。どうして私などに務まりましょう」と皮肉を交えた理由を述べます。聞いた家康は唇を震わせ「儂を怒らせたいのか」と言いますが幸村は「どう思おうと内府様のご勝手で御座います」と返します。
家康は更に言います。
「もう一度だけ言う。儂の家来になれ」
幸村は
「お断り致します」
と答えます
家康は眉間に皺を寄せたまま口角を上げると「下がれ」と命じます。
幸村は「失礼致します」と言って礼をすると、開いた障子から出るとその障子を閉めずに最後に礼をして退出します。
家康は深呼吸をして自分を鎮めます。
退出した後に廊下を渡る幸村も溜まっていた息を吐き出すのでした。
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自分の屋敷に帰った幸村は春を相手に御役御免になった事を伝えると、これからは信幸と共に真田の家の為に尽くす。と語ります。
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幸村は大阪城を訪れると且元に案内されて秀頼と茶々のもとへと向います。
その案内の途中で家康の申し出を断ったことを聞き及んでいる且元は「気に入った」と言います。幸村はその言葉を満更でもない表情を浮かべます。
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茶々は幸村を見て秀頼に「源次郎が来ましたよ」と伝えます。
今回は幸村が呼ばれたのは三成が贈った桃の木の育て方を聞く為だったようです。水捌けの良い場所に植え直そうと幸村と且元とで桃の木を掘り返します。
茶々は「正直、あまり好きではありませんでした」これに幸村が驚いて茶々を見ると「石田治部の事ですよ」と言葉を付け加えると「何を考えているのか分からないんですもの」と言います。幸村は「一度こころを開き合えば、あれほど分かり易い方も居られませぬ」と三成のことを話します。

それから一年が過ぎた
慶長五年(1600)五月
家康は伏見城から大阪城へと移り、ほぼ天下を手中に収めています。
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切っ掛けは会津に戻った景勝に謀反の疑いがあると家康が上洛を命令を景勝が拒否した事です。
更に兼続は家康に対して長い書状を送ります。
中身は下記となります。
「我等が戦道具を集めているとの事なれど、
上方の武士が茶器等をお集めになるように、
我等いなか武士は鉄砲や弓矢を集めるだけ、
その様な事に拘るのは天下を預かるお方らしからぬご了見。
我等に逆心はないと申し上げた筈。
にも関わらず『逆心なければ上洛できる筈だ』とは
赤子の理屈で全く話にもなり申さぬ。
家康様に、ご分別が付いた頃には上洛できると存ずる。
何処ぞの誰かのように
太閤殿下のご遺言に背き起請文も破り
秀頼公を蔑ろにしたりは致しませぬ。
左様な事をして天下を取っても悪人と呼ばれるのは必定。
末代までの恥と相成ります故」
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これを家康に送る前に兼続から見せられた景勝は苦笑しますが頷きます。一方の送られた家康はこれを感情の赴くままに破り捨てます。
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この知らせは真田家へも齎されます。
幸村と信幸は上杉と戦う事を懸念しますが、昌幸へは景勝から力を合わせて徳川を倒そうという内容の密書が届けられていました。
昌幸はその申し出に乗ろうと考えており、徳川を倒せば世は再び乱れ、その機に乗じて甲斐、信濃、駿河の旧武田領を奪い返すと話します。

「これは儂にとって今度こそ最後の機会じゃ。儂の我が侭、聞いてくれんか。どうか頼む。この通りじゃ」と昌幸は幸村と信幸の二人に頭を下げます。
「源次郎は父上に従います」と幸村は答えます。
「私は真田安房守の嫡男。父上に従うに決まって居るではありませぬか」と信幸は躊躇った後に力を込めて言います。
昌幸は「良き息子を持った」そう言うと二人の手を取り、三人は手を取り合います。
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その後、幸村と信幸は二人になり、昌幸は戦がないと生きていけないのだと話します。
改めて幸村は「本当によろしいのですか」と信幸に聞きます。信幸は「舅殿とは敵味方に分かれるが致し方ない。稲には辛い思いをさせるが」と答えます。
次に信幸は幸村に徳川がいなくなれば戦乱の世に戻るのかと聞きます。幸村はそうはならないと答えます。幸村は上杉に勝利させる為には真田安房守の力がどうしてもいるのだと答えます。聞いた信幸は「策士だな」と僅かに微笑むのでした。
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大阪城では家康が且元に上杉討伐の日取りが決まり、諸大名に秀頼公の命という形を取って触れを出すと言います。それに対して且元は「これは、あくまで徳川と上杉の間の諍い。秀頼公の御名を持ち出すのはお控え下され」と釘を刺します。
家康は徳川が老衆の筆頭であり、それを愚弄する事は豊臣を愚弄するも同じ。故に豊臣と上杉の戦であるという論法で説き伏せようとしますが、且元は畳を拳で叩くと「されど、上杉中納言殿は太閤殿下の覚えもめでたく、秀頼公が最も頼りにされる老衆でござる。豊臣家が上杉を討つ謂れはございません。秀頼公の御名を持ち出すのはお止め頂きましょう」とこれを突っぱねます。
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そう言って且元は家康の前を辞して渡り廊下を歩きますが、少しすると急いで物陰に入り胃薬を取り出して口に入れると瓢箪の水で流し込みます。
やはり人は簡単には変われないようです。

しかし家康は上杉との戦を是が非でも豊臣と上杉の戦にしようと目論見ます。
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家康は茶々のもとへ訪れると「お願いの儀がございます」と言いますが、先手を取るように大蔵卿局が「秀頼公の名前は出しませぬ。片桐殿に聞いておられる筈ですが」と横から言います。これに徳川は勿論と答えると「陣中お見舞いなど賜れば士気も上がりましょう」と援助を願い出ると茶々はこれを受け入れ大蔵卿局を手配に走らせます。
家康は大蔵卿局が手配に立ったのを見計らって更に茶々に「それとですな。此度は秀頼公より某が豊臣の軍勢をお借りして上杉を凝らしめんとする戦。ついでに豊臣の旗、幟もお許し頂ければ更に士気も高まりましょう」と頼むと「好きにせよ」と茶々はこれを受け入れてしまいます。
これで家康は豊臣の旗と幟の使用を許された官軍と相成りました。

六月十六日
家康は豊臣の旗と幟を高々と掲げて景勝のいる会津へと進軍を開始します。
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大阪城では家康の軍勢が城から出たのを確認した後に秀家は集まった一同に向って「家康の横暴は止まる所を知らず、全て太閤殿下の御遺志に背くものである。断じて許す事は出来ぬ。弾劾致すべき時が来たのじゃ」と呼び掛けると、一同は「おう」と応えます。
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そして秀家と秀秋、正家、且元が障子を開けた部屋の中に一人の男が伏して待ちます。その男に向って秀家は「これで良いのだな。治部少輔」と聞くと三成は顔を上げ「後は要となる毛利中納言様のご到着を待つだけでございます」と答えます。
背後では雷鳴が響き渡ります。これから歴史上でも稀に見る大戦が始まろうとしています。
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真田丸感想34話「挙兵」感想おわり。
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