真田丸感想35話「犬伏」②戦の前の静けさ


2016-09-06 23.29.14

前回、真田家は徳川ではなく上杉家に加勢する事を決めました。そして稲は真田家の一員と認められました。

幸村は大阪城を訪れ、中庭で桃の木の世話をする且元に「この時期は虫が付きやすいので心配になりまして」と声を掛けます。見てみると確かにあちこちを虫に食われていました。「石田治部の思いが籠もった、この桃の木。何れは実を結ぶのであろうな」と且元が言いますが「育て方次第でしょう」と幸村は意外にリアリスティックな言葉を返します。しかし且元は「案外と早いような気がする。来月辺りには」と語り笑います。

いつも笑われる事はあっても笑わせる事は少ない融通の利かない且元のジョークが聞けるという貴重な場面でした。
しかし三成の桃の木に巣食う芋虫が何の象徴なのか、やはり後に裏切る小早川秀秋のことなのか、三成が作り上げた機構を食い潰す人たちを指しているのか、或いは両方なのか。
2016-09-06 23.31.04
そこへ寧々が通り掛ります。
「左衛門佐」と寧々も幸村の来訪に驚きます。幸村が挨拶をすると「ほんに、いつになっても戦はなくならんもんやねぇ」と嘆きます。ここで徳川を討つ積りでいる幸村の表情に影が差しますが、ここで且元が「あ、いた」と桃の木にいる芋虫を見つけ取り除きます。
寧々はきりのことを幸村に尋ねます。相変わらずと答えると寧々は「戻ってきたらきりも連れて顔を出しなさい。なんぞ馳走してあげましょう」と誘います。

どうやら大阪城という場所は幸村を迎える場所であるようです。

そして幸村が一人渡り廊下を歩き天守閣を見上げると出会ったばかりの頃の秀吉との思い出が蘇ります。そして向かいの廊下をやはり出会ったばかりの頃の茶々が通り過ぎます。これを幸村は呆然と見送ります。
2016-09-06 23.34.15
景勝のいる会津城では兼続が家康が江戸城に入り軍勢六万、黒田、福島等を加えて総勢十万を超えると報告します。
景勝は「多いな、勝てるか」と聞きます。兼続は領内にいる者で加勢する者を身分に関わらず取り立ててはと案を出し景勝はその案を受け入れます。
しかし、景勝は「嫌がる者は、逃がしてやれ」と言葉を続けます。兼続はこれに若干の間を空け鼻から息を吐くと無言で頷きます。

勝てるかどうか見込みが付かない状態にも関わらず、嫌がる者は逃がしてやれと兵を気遣うのが御屋形様の魅力であり欠点でもあるのですから仕方ありません。兼続は、この急場で何を言っているのかという呆れ半分、こういう人だから尽くしたのだという諦め半分といった所でしょうか。
2016-09-06 23.34.39
江戸城では家康が秀忠に先に江戸を立つように指示します。家康自身はその後をゆっくりと付いて行くと述べます。
加えて家康は秀忠に正信を付けてやると言います。
これを秀忠は「ありがたき幸せ」と受け入れます。正信は「この通りの老いぼれでございます。足手まといにならぬよう心掛けまする」と頭を下げます。

この時点で家康は上杉討伐に対して経験の浅い秀忠に経験を積ませる良い機会であるといった認識程度のものなのでしょう。余裕すら感じます。
2016-09-06 23.35.43
自室に引き上げた秀忠は妻の江に「父は私をお信じになってはおられんのだろうか、折角やる気になっておったのに気持ちが萎えた。まぁ若干だが」とこぼします。江は立ち上がると「お前様、お心をしっかりお持ち下さいませ。お前様は徳川を引っ張って行くお方」そう言うと秀忠の手を握り目を見て「出来ます。大丈夫です。出来ます」と励まします。これに秀忠はにこにこと嬉しそうに頷き、これを見た江も満足気に頷きます。

江は茶々の妹です。初めは佐々一成と結婚していましたが離縁、次に秀吉の甥である豊臣秀勝に再嫁するも秀勝は文禄の役(朝鮮征伐)の最中に病死。その後の文禄4年(1595年)9月17日に伏見で秀忠に嫁ぎ現在へと至っています。

また、これは余談ですが秀勝との間には完子と言う女児が生まれており、この子供は茶々に養育され、後に摂関家である九条幸家に嫁ぎ、更にその子孫が大正天皇の貞明皇后となり、現在の皇室・宮家へと続いています。

そして夫である秀忠は江と結婚してから浮気はしていたようですが、正式な側室は持ちませんでした。これは江が年上であり秀忠の律儀さの為とも言われていますが時に凡庸とも評される一方で家康が本拠地である江戸を留守にして大阪城に安心していられるのは秀忠の為政者としての能力の高さ故とも言われています。秀忠と江のやり取りを見ていると内助の功の影響も大きかったのかもしれませんね。

真田丸35話「犬伏」感想つづきます。
真田丸感想一覧