真田丸感想37話「信之」⑤吉継と三成の最後


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幸村は大阪の真田屋敷へ戻り、久しぶりに春と再開を果たします。
二人は抱き合い再会を喜びます。
そして春から大谷吉継の最後が語られます。

関が原の戦いに於いて、吉継は小早川秀秋の裏切りをよく抑えました。
秀秋方の兵数およそ一万五千に対して吉継の兵数は僅か六百程度。前線に居た平塚為弘の兵数三百六十と戸田勝成の兵数二百五十(兵数のデータが無い為、勝成の領土一万石から兵数推定)と協力したとは言え、総数およそ一千二百程度の数であるにも関わらず、一時は秀秋の軍を繰り返し押し返す程の奮戦を果たします。
この辺は生前の秀吉から百万の兵を任せてみたいと言わせるだけの器を充分に示す戦いを見せたのではないでしょうか。

しかし、秀秋の裏切りに呼応して脇坂、朽木、小川、赤座の四隊四千二百人が裏切り吉継に攻撃を仕掛けます。この為、吉継は前から東軍、側面は内応諸隊、背後からは秀秋の攻撃を受ける包囲網の中でやがて隊は壊滅。
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その為に失明状態となっている吉継は輿に乗って移動します。
そして頃合の場所を見つけたところで輿から降ろさせると側近の湯浅五助に「この首、くれぐれも敵に渡すな」と命じます。最後には「治部。楽しかったぞ・・・」そう言うと腹を切ります。解釈を果した後に五助の手により吉継の首は関が原に埋められ、徳川方に見つけられることはありませんでした。
その後、五助は藤堂隊に突撃し討ち死に。
現在、関が原には吉継の墓が建てられ、その隣には五助の墓が建てられています。
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吉継の最後を語ると春は堪え切れずに泣き出します。
幸村は春を抱きしめ「刑部殿は誠の武士であった。私もあの方のように生きたいものだ」そう言い慰めるのでした。
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幸村は渡り廊下できりと出会います。
幸村が上田から付いてきた高梨内記のことを聞くと「疲れが出たようで寝てしまいました」と答えます。それを聞くと幸村は「おまえには礼を言わねばならん。母上の事よく守ってくれた」と礼を述べます。これにきりは「大した事はしておりません」と謙遜して答えますが、幸村は「これからどうする」と今後の身の振り方を聞きます。きりは迷う素振りを見せますが「源次郎様は、どうしてほしいんですか」と聞きます。幸村は「私は・・・」と僅かに言い淀むと中庭の方へ向き直ると「母上の事もあるし、出来れば一緒に来て貰えると心強いが」そう言うときりへ再び顔を向けます。これにきりははっとしたように微かに口角が上がったのを戻すと「行くとしますか」と答えます。これに幸村も僅かな笑顔で答えます。
そこへ昌幸が偶然に通り掛ります。幸村が「母上は」と聞くと昌幸は「寝てしもうた。源次郎。薫は上田に返そうと思う。あれには九度山の暮らしは無理だ。源三郎に託そう」と答えます。幸村もそれに同意すると信之が大阪に向っている事を伝えます。薫は信之に託される事となりました。そうして幸村はきりに「上田へ帰って良いぞ」と言うと昌幸と同行して立ち去りますが、結局きりは九度山に付いてきます。相変わらずきりをころがすのが上手い幸村でした。

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その夜、幸村が書き物をしていると加藤清正が訪れます。
清正は監視役の大井を強引に部屋からだして人払いをすると「会わせたい者が居る」と言い部屋に三成の妻であるうたを呼びます。
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うたから三成の最後が語られます。
うたは三成より必ず最後を見届けよと言われたと言います。その為に見物の衆に紛れて三成の最後を見届けたのでした。
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三成は関が原の戦で西軍が総崩れとなった後に近江の伊吹山に逃れたと言います。
これの追補を命じられたのは同郷の武将、田中吉政でした。
三成は合戦から逃亡している途中腹痛を起こし歩くのも難しい状態となりますが、どうにか古橋村まで辿り着きます。
ここで与次郎太夫という者に匿われますが、やがて追っ手が村の周囲に及び始めたことを知った三成は匿った者達に被害が及ぶのを嫌った三成は与次郎太夫に田中吉政に自分のことを密告するように言います。始めは断っていた与次郎太夫ですが、幾度かの遣り取りの後に諦めて通報。そして吉政の家臣達は三成に縄を掛けると井口村まで連行したと言います。
そして吉政と対面した三成は「一戦に利を失い言語道断無念なり、去りながら太閤への報恩と思えば今はさまでの後悔なし、また今日まで身を離さず秘蔵せし脇差は、先年太閤より給りたる切刃貞宗の珍器なり」(軍記「田中興廃記より」)と言うと吉政に秀吉から贈られた刀を授けたと言います。

慶長五年十月一日
三成は京都の六条河原で斬首となります。
うたが衆目に紛れて見守る中で河原に座らされた三成は斬首役に小さく頷くと、相手は礼によって応えます。
三成が前を向くと後ろで刀が振り上げられます。その中で微かに唇を震わせながらも、やがて微かな笑顔を浮べると首を前に倒します。

最後にうたは「それは見事な最後でございました」と言います。
幸村は「石田様らしいな」と答えます。
うたは続けて「あのお方は天下の大罪人の汚名を着せられ、首を刎ねられました」と言いますが「さっ参りますぞ」とここで清正が退出を促します。しかしうたは「あのお方は豊臣家のことしか考えておりませんでした」と言います。幸村が「よく存じております」と答え終わるか終わらないかの内に「あのお方は豊臣家のことしか考えておりませんでした」と叫ぶように言います。痺れを切らした清正が急がれよとうたを立たせて共に退出しますが、連れ出されてからも「あのお方は豊臣家のことしか考えておりませんでした」という言葉が遠ざかりながら繰り返されるのを見送る幸村は聞き続けます。

うたのその後は諸説あり、暫くの隠棲の後に次女の岡重政室を頼って会津若松で暮らしたとも、この後に自害したとも言われています。
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昌幸と幸村の一行は大阪城を出ると高野山の入り口にある紀州九度山村の屋敷へと入りました。
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真田丸37話「信之」感想おわり
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