西郷隆盛像

西郷どん2話「立派なお侍」感想①りっぱな貧乏

弘化3年(1846)
後の西郷隆盛である西郷小吉は怪我によって剣の道を諦めた後は学問に励み計算が得意で14,5歳頃にはそれが評判になった程の腕前となり、名を西郷吉之助と改めると藩の農政を担う郡方奉行の中で郡方書役助という役職に就き、余暇には本箱などの日曜大工のようなものを楽しみにする青年となっていたといいます。

郡方書助役助は助の文字のとおり補助役となり役職としては一番末端の役職となりました。主な役割は藩内を回り道路や堤防、橋などに修繕の必要を認めればその手当てを行い、米の出来具合を確かめ、年貢徴収の監督を行うという実務を主にこなしていました。

西郷隆盛と言うと、余り計算高いというイメージが無かったので多少、意外に感じたのですが、この点は案外に計算上手な人が郷中教育の中にある金銭などへの欲を卑しむべきだという教えを忠実に守っていただけであるのかもしれません。余談として後に西郷隆盛は当時、政府高官であった井上馨に対して「三井の番頭さん」と言って三井財閥との関係について揶揄したという話が伝わります。

また郡方書役助は農政を担当する郡奉行の中では一番の下の役職でした。

吉之助は農民達から米が不作であるために例年通りの年貢を納めることが出来ないと年貢の軽減を求める陳情をされて困り果てますが、その傍では上役の井之上がやはり農民から賄賂を受け取り「上役と相談してみっで」等と言っています。
この辺り、典型的な小役人が出て来る辺りはお約束だなぁ等と思うのですが、この当時は財政の逼迫した藩が多く例えば松代藩などは半知借上と言って藩士の給与を半減させるといった措置を行っており、薩摩藩も其処までとは行かずとも似たような状況であったことを考えると賄賂を受け取ることを一方的に責めることが出来ないというのが困った所です。

そして、それを吉之助が見咎めようとすると、これまた借金のカタに娘を連れ去ろうとするならず者が現れます。これに吉之助は駆けつけて娘を助けようとしますが、しっかりと田の真ん中を突っ切って稲を踏み付けないのは流石、農政を司る男と感心します。一番下っ端だけど偉いと思います。
そして娘を助けるために賄賂として受け取った金を渡したことで贈収賄についてもうやむやとなり一旦は安堵する事となります。ええ、井之上の生活などは知った事ではありません。

そして吉之助も給金を上げてしまったので代わりに鰻でも持って帰るかと日が暮れようとする川で魚を探す姿は、同じく楽しげに鰻を取ろうとしていた少年時代と比較すると悲壮感が漂います。子供の頃は良かった。
家では相変わらず貧乏な家族が腹を空かして吉之助の給料を待ちます。どうやら吉兵衛の稼ぎだけで暮らすのは難しいようです。吉兵衛はおそらくどぶろくですかね?自分で作った酒を飲んで待ちます。

そんな自宅に忍び込むように変える吉之助ですが、家では「お~手当て」「シロメシ」等と自分の給与を目当てに、たまの贅沢を期待する大合唱です。吉之助の心情を思うと結構きついものがあります。
結局、見つかって渡した袋の中には給金ではなく川で取ったザリガニが入っており、家族はがっかり、父の吉兵衛は怒り掴み掛かって来るありさまです。

見ていると、やはり貧乏って切ないなぁと思いますし、やっぱり薩摩藩の人口4分の1程度が武士という人口構成にそもそも無理があるんだろうし、それに戦が無ければ武士なんて穀潰し以外の何者でもないしなぁ等と思う始まりでした。

西郷どん2話感想つづく。

 
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