パリ同時多発テロ事件実行犯サム・アムミールについて

ひび割れたガラス 社会派気取り

2015年11月13日に起きたパリ同時多発テロ事件が気になり、
実行犯の一人であるサム・アムミールについて調べてみました。
テロイメージ画像
名前:サム・アムミール
職業:元バス運転手
性格:内気、物静か
家族:アルジェリア系父母姉妹の5人家族 フランス人女性と結婚、子供も生まれる予定
自宅:フランスパリ郊外のドランシー
ドランシーはフランスのユダヤ人収容所のあった場所

アムミール家と付き合いのある男性へのインタビュー:
インターネットは怖いよ。あんな優しい子が変わるんだから、
誰にでも起こることだ。

プロフィールだけ見ると、確かに純粋なフランス人ではなく移民ですが、
家族と共に暮らす穏やかな人間であると見える事が気になりました。
更に彼は純粋なイスラム教徒でもありませんでした。
それどころかバス運転手という職を得ており、フランス人女性と結婚して子供も生まれる予定でした。

ここで少し歴史と背景を探ってみましょう。
かつてフランスはアルジェリアを植民地としていた事があり、植民地と被植民地の関係。またフランスの完全失業率は2014年で10%(日本は4.3%)とかなり高い数値を示しており、この中で仕事を選ばない移民の存在が生粋のフランス人の職不足に影響していると捉えられる傾向があり、またフランスが人種差別の根強い国という事もあって、良識のあるアルジェリア系の人間は波風を立てないように小さく過ごすことが強制される傾向があるようです。
実際にアルジェリア人のお客さんにフランス人にコーヒーを入れてくれと頼んだら、そのフランス人がアルジェリア人に自分で入れるように告げたといった事もあるそうです。他にはフランスで日本人のガクトがホテルで人種差別を受けたりというのもありましたよね。
アルジェリア系フランス人ではサッカーだとジネディーヌ・ジダン選手や日本だと沢尻えりかの父親がそうです。

劇場バタクロンへテロ活動を行い死亡するまでの主だった動きを見てみましょう。

2011年頃
インターネットで過激派思想に触れるようになったと言われる。モスクへもこの頃より通い始める。
母親へもイスラム教の女性の着用する顔や全身を覆うブルカを被る様に頼むようになった。

2012年10月:
フランス当局の監視下に置かれる
国際テロ組織アルカイダ系「アラビア半島のアルカイダ(AQAP)」が活動する国境に向かおうとしたところをフランス警察に拘束されイスラム過激派による「聖戦」の為の渡航と疑われ当局の監視下に置かれた。

2013年9月
バス運転手退職(勤務期間1年余り)シリアへ渡航する
※家族へは休暇で南仏へ旅行すると言って出た後1週間後に電話で「自分はやりたいことをやる」と伝えた。トルコからシリアへ渡るところだった。

2014年9月
サムの父親がシリアへ渡航する。息子であるサムを助ける為であった。
「イスラム国」と交渉。当時「イスラム国」の「首都」ラッカを拠点としていたサムと面談する事に成功
母親からの手紙を手渡して帰国するように説得を行うが、「刑務所に入る位なら戻らない」と拒否される。
面談の場も二人だけでは認められず、冷たい雰囲気の中で行われたと伝えられています。

2015年11月13日
劇場「バタクロン」でテロを行い自爆死。

彼が過激派思想に傾倒した理由とは何だったのでしょうか?
単純に考えれば、純粋なイスラム教徒ではなく、
きちんと職を得ており結婚もして子供も生まれる。
更に父母姉妹の家族もいる。
確かに富裕層とは言い難いものの充分に暮らして行くことは問題なさそうです。
そこだけを考えればイスラム教徒の為に文字通り身命を捧げるという義理が彼に存在するとは思えません。

そこには人種差別による差別を受け続ける移民であるという事も要因であったのでしょうか。
イスラム教徒もまたフランス国内においては差別される傾向があります。
ここに共鳴したというのも理由の一つなのでしょうか。

2014年のベルギーで起きたテロ犯もフランスの刑務所の中で過激派思想に目覚めたと言われています。
またフランスはイスラム女性の着用するブルカ着用を女性隷属の証であるとして禁止する「ブルカ禁止法」が存在しており、「イスラム国」との戦いを強める為にペルシャ湾へ空母「シャルル・ド・ゴール」を派遣しています。

終わりのない泥沼の様相を呈しており、今後の展開がどうなるのか予想が付きませんが、引き続き動きを追ってみたいと思っています。

続きとして下記を書いてみました
サム・アムミールの怒りについて

最後に主に参考として使わせて頂いた媒体となります。
読売新聞