真田丸23話感想「攻略」①家康いまいち信用されていないの巻

2016-06-13 22.20.00

前回は沼田裁定が行わるも、その結果に満足しない氏政は上洛しないまま名胡桃事件を起こし、今回は遂に北条との戦です。
全国から21万という兵が集められた大規模戦です。

天正17年(1589)12月聚楽弟
秀吉より光成に北条攻めの陣立てを決めろと命が下されます。
はっきり言ってかなりの大役です。

因みに今回の動員兵数21万についてですが、
秀吉が織田信長の権力の引継ぎを巡って柴田勝家と戦った大戦である賤ヶ岳の戦いで秀吉が率いた数が6万程度と言われているので、それの3.5倍というと21万という数の大きさと言うとイメージも沸き易いでしょうか。

北条征伐の評定の為に全国の大名が集まり、
三成の決めた北条攻めの陣立てが発表されます。

総大将
近江中納言秀次

秀次の後見役
徳川家康

俺が総大将じゃないの?

儂が総大将ではござらぬと?

豊臣側の主だった大名

主力:豊臣秀吉、徳川家康、織田信雄、蒲生氏郷、黒田孝高、豊臣秀次、宇喜多秀家、細川忠興、小早川隆景、吉川広家、堀秀政、池田輝政、浅野長政、石田三成、長束正家、立花宗茂、大谷吉継、石川数正、増田長盛、高山右近、筒井定次、蜂須賀家政、大友義統、加藤清正、福島正則。約17万。
水軍:長宗我部元親、加藤嘉明、九鬼嘉隆、脇坂安治。約1万。
北方隊:前田利家、上杉景勝、真田昌幸。約3万5千。
wikipedia

家康へ秀吉の後見人を役割とすることが言い渡された後に秀吉が家康に言います。
「戦と言っても今回は城を囲んでの根競べのみたいなもんじゃ。わざわざ徳川殿に総大将になってもらうまでもあるまい」

「殿下の御意のままに」と家康は恭しく答えます。

やっぱり納得できない

秀次は小牧長久手で儂がケチョンケチョンにのしてやったんですがのぉ

秀吉の言葉は家康が総大将を任じられなかった事へのフォローですね。

因みに秀吉は今回に限らず家康という人物に対して非常に気を遣っています。
一例を挙げると
書簡を出す際に上下関係の出る書札礼(書簡を出す際の礼儀作法)
秀吉は関白になってから
書止文言(草々といった末尾の言葉)は「候也」
署名は書かず朱印を押すだけ
宛所は「とのへ」
と自分が武家間では一番偉いので非常に簡素化しています。

しかし、家康に対しては
書止文言は「恐々謹言」
署名を書いた上で朱印を据える
宛所は「殿」

秀次も関白就任後は同じような書札礼が取られるのですが、それでも署名の際の朱印に違いが付けられています。
家康へは花押を用いる
秀次には花押より薄礼である朱印を用いる

といったように秀吉は家康に対して細々とした面も含めて気を遣っています。

話を戻します。

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三成より作戦の概要が伝えられます。
・ 軍勢を二つに分ける
・ 秀次は本軍を率いて東海道から小田原城へ向かう
・ 上杉は前田利家軍と東山道で合流して上野と武蔵野にある支城を攻略
・ 真田軍は上杉軍に入る

家康より「真田は徳川の与力でござる」と異議を唱えられますが「それ故、此度はと前置きしたのでござる」と三成が答え、家康が「しかし」と何かを言おうとするのを遮り「上杉殿には先ず上野に攻め入って頂かなければならぬ。上野と言えば真田」それを聞いていた昌幸は「なるほどぉ。某は徳川殿の与力。しかしながら殿下の御命令とあらば、これは仕方ありませんなぁ。やりましょう!!」と乗っかり、いつの間にか真田が上杉に入ることが決まった流れになります。

いやぁこれは仕方ありませんな。

徳川殿、殿下の命令では仕方ありませんぞ

まったく納得できない家康

まったく納得できていない家康

秀吉は「前代未聞の大戦になるぞ。楽しみじゃ」と言った所で陣立ての内容は決定されました。

今日はいい日じゃあ

今日はいい日じゃあ

評定が終わり外に出た昌幸は家康を見つけて言います。
「ああいやいや、残念でござったぁ。某も徳川殿の下で戦うのが楽しみであったのだが、あぁ殿下のお指図とあらば仕方ない」
家康は笑顔で「何れまた、暴れまわろう。支度がある故、御免」と直ぐに立ち去ります。昌幸から見えなくなった表情は笑顔に見えません。

徳川殿!ここはもう一つ城を作りましょうぞ

仲間になったふりして酷い目に遇わせる積りだったんですがのぉ

殿下の命令では仕方ありませんな

寝首を搔かれなくて良かったでござるよ(笑)

全く仕方ないと思っていない見返り家康

もはや真顔の家康

昌幸は京に呼ばれると基本的には酷い目に遇うのが定番だったのですが、今回は家康が不服そうにしている姿を見て大喜びです。
まぁ、真田と徳川は騙し騙され、やりやられと言った具合で来ましたからね。しかし、これから後も含めてですが真田はこれからも家康を酷い目に遭わせ続けていくのですから線路は続くよどこまでもといった感があります。

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家康の後に出てきた景勝を見つけた幸村は「ご無沙汰致しております」と声を掛け、景勝は「ああ」と答えます。
幸村は「お立場は良く分かっております。私の御屋形様への思いは少しも変わっておりませぬ」と言うと景勝は小さくはにかみながら頷きます。

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あそこのコロッケは美味かった・・・

「源次郎、すまぬ」と謝り、幸村はその言葉に頷きます。

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旭川のカニクリームコロッケも中々でしたよ

何だかここだけ見るとBLで幸村が昔に捨てられた男のことを許したっぽい雰囲気の会話になりますが、兎にも角にもわだかまりはなくなったようです。

2016-06-13 22.35.33続いて幸村は評定を行った会場の片づけが終わった三成へ「石田様、ありがとうございました」と昌幸を上杉軍に編入した礼を述べ頭を下げます。三成は、まだ家康を信じておらず、裏切った際に真田まで連れていかれない為であると、ツンデレか?と言った事を述べて出て行こうとしますが「何れにしても、助かりました」と幸村は再び頭を下げます。2016-06-13 22.39.44三成は振り返らないまま「源次郎。私はこの戦すべきでないと今でも思っておる。だが、やるからには必ず勝つ。負け戦ほど無駄なものはない。そして私は無駄が大嫌いだ」と言い、その場を後にします。

この三成の話を見て思いましたが、確かに北条と徳川が連合を組むと豊臣に匹敵する力になるんですよね。おまけにそうなった場合、奥羽にいる伊達正宗が加わって来る可能性もあると考えると総大将を秀次にした理由も納得できるなぁと思いました。

続きます。

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