真田丸23話感想「攻略」②家康。驚きの余り小便とまるの巻


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前回は小田原攻めの為の評定を行い、
遂に小田原攻めの開始です。

先ず、秀吉の攻める小田原城を調べて思ったのですがアホみたいに広いです。
現在も残る小田原城史跡の広さが22万892㎡なので、大体東京ドーム5個分位の広さがあります。
それに加えて城の外囲いは小田原の町全体を包んで総延長9キロもあります。
更に立地から水責めをしても海に流されてしまうので効かず、兵糧攻めも城の中に田畑があるので効かないという無敵っぷりです。

難攻不落の城と言われるに相応しい実績として上杉謙信が率いる11万の兵を撤退させたこともあります。

今回は秀吉軍の兵士21万で小田原城を囲みます。
布陣は、
・秀吉と秀次の本軍が城の西と北
・徳川軍が東
・長曾我部と久喜の水軍が南の海
以上のようになり正に完全包囲です。

対する北条軍の兵士は5万

城を攻める場合は相手の3倍の兵力が必要と言われているので、秀吉は問題なくクリアしています。

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三成、吉継、幸村が小高い丘の上に立ち戦場を眺めます。
兵の配置の済んだ眺めを見た幸村は「途轍もない眺めでございますね」と驚きを口にします。三成は「このような布陣。殿下意外に出来るものではない」更に殿下のお名に恥じない戦にしなければならないと言います。吉継は「ひょっとしてあのお方は次なる戦いの為の総稽古だと思われているのかもしれぬ」間もなく国内に秀吉の敵がいなくなり、次の戦いは海を渡った明との戦いであるのだと聞いた三成は「北条攻めはその日の為の手慣らしじゃ」と珍しく高揚したようなことを言います。これらのやり取りに幸村は改めて秀吉のスケールに圧倒されているようです。

そんな幸村を我に返すかの様に「源次郎」と平野が声を掛け、秀吉の命令で各陣に散らばる主将を集める事を伝えます。
次は幸村に顔を近づけて小声で言います。「俺は昨夜から膝が痛い故、このあたりの陣をまわる」それに幸村が小さく頷くと今度は大きな声で「おまえは総大将の陣によったら、次は城の反対側の徳川の陣だ」幸村は畏まりましたと了承すると、片道およそ13キロ(東西2.9キロなので半円に走ると仮定して)の往復26キロ程度の旅路に出発です。広いので命令を伝えるだけでも大変です。この辺は平野の狡猾さが光る場面です。

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先ずは秀次の陣です。
因みに幸村が背負っているオレンジ色のものは、秀吉の影響で幸村まで趣味が悪くなったのではなく、母衣(ホロ)という後ろからの弓矢を防ぐ為の防具です。
これを見て、敵陣の中を走って回らなくてはならないのだと気付かされます。
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幸村が秀次の陣に付くと、
秀次は幸村に「あの辺りは全て桜の木だ。ひと月はやく来れば満開だった筈。さぞ美しかったであろうなぁ」と目を細め風流なことを言います。
幸村に秀吉からの召集を伝えられると「相分かった」と召集に応じます。

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そして長旅を終える家康の陣にようやく到着です。
家康を見つけ駆け寄り、命を伝えようとすると「丁度よかった付き合え」と陣の裏に回り、立小便を始め、「さぁ」と連れションを誘います。
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幸村が隣に並ぶと「殿下はまだ儂をお信じにならぬようだのう。儂を総大将にはなさらなんだぁ」と語り始め「どうなのでしょう」と幸村が答えます。

家康様のお持ち物、それは誠でございますか

家康様のお持ち物、それは誠でございますか

「娘のことを気にされておるのかぁ、確かにアレは北条氏直の元に嫁いだが、間もなく離縁することになっておる。心配ご無用と折あらば殿下にそう伝えてくれ」と立小便の引っ掛かった手を幸村の肩に手を掛けて「なぁ」と言って立ち去ります。

引っ掛かけてしもうたわぁ

引っ掛かけてしもうたわぁ

フキフキ

「なぁ」フキフキ

完全な家康のペースによる依頼ですね。お蔭で幸村は召集を伝えられていないので家康を「お待ち下さい」と追い掛ける羽目になります。

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幸村が文字通り走り回った甲斐もあり無事に秀吉の前に格主将が集まります。
しかしどうでも良いですが秀吉の格好は奇抜です。このファッションセンスが何処に行き着くのかを見てみたい気もします。

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戦国時代のオシャレ

BQbUo_-CcAA8Nd3こんな感じに進化した?(パリコレより)

秀吉の口から今回の戦は未だ従わぬ伊達と睦と奥羽の大名たち恭順を促す狙いもある為、長期戦になるので自分は茶々を呼び出す事、各大名たちも身内を呼んでも構わないと告げます。

小田原城攻めにおいて凄いところは、21万の兵を連れて長期戦を戦えるだけの補給が行えるという点に尽きると思います。過去に北条が上杉軍11万を退けたのは籠城する事で上杉が兵士に食料供給が出来なくなった為で戦闘期間もひと月程度であったと言われています。秀吉軍はそういった事実を意に介さない補給を行えているという事がこの発言から伺えますし、冒頭の三成や吉継の会話シーンの余裕はここからも来ています。
兵農分離による食料の安定供給の成果が出ていますね。

そして今度は秀吉が家康を連れションに誘います。

2016-06-15 07.50.45秀吉が先に「関東の連れ小便として語り継がれようぞ」と始めます。
家康は秀吉の急な誘いに戸惑いながら後ろに控える幸村を見ると彼は頷きます。それを見て家康は戸惑いながら秀吉の後に続いて始めます。
先に始めた秀吉は「徳川殿。お主に北条の領地全て任せようと思っておる。こっから見えるもの全てお主のものじゃ」と告げると家康は驚き本気かを窺う様に秀吉を見て「有り難きことでございます」と答えます。秀吉は指さして「江戸は分かるかな、大体あっちだ」と言ったところ位で済んだようです。家康も秀吉がしまうものをつい見てしまい隠すかの様に「江戸がなにか」と問い返します。

これは殿下も中々のものをお持ちで・・・

(これは殿下も中々のものをお持ちでございますな・・・)

秀吉は「関八州をやる代わりに江戸に移って貰うから」と言い、家康は思わず「は?」と声にしますが秀吉は構わずに「駿河や三河はもういらんだろ。江戸も良い所らしいぞ」と言って家康の肩を軽く叩くと、そのまま立ち去ります。その後に幸村が続きますが、その戻る途中で「家康。驚きの余り小便とまっとったわ」とニンマリとした笑顔を浮かべて言います。

2016-06-15 17.46.01この小田原攻めが終わった後に家康は関東に移封されることになるのですが、北条に娘を嫁がせ縁戚関係にあった家康の秀吉から信用されていないのではないかという不安が形になったように見えますね。秀吉からすると三河から関東に移すことで距離的な防壁を取る積りだったのだろうとは思いますが、小田原ではなく更に奥まった平地で秀吉から見て攻めやすく守りにくい江戸に居城を指定するというのは念が入っています。他には東北地方の抑えとして使いたいという事情もあったのかもしれないですね。ただ家康は関東に移ってから着実に力を付けていくので、この時点で秀吉は家康の力を過小評価していたようにも思えます。

続きます。

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