真田丸感想27話「不信」②すれ違う秀吉と秀次

2016-07-14 04.54.15

前回、秀次は秀吉から九州を拾の為に譲ってくれと頼まれました。
聚楽態に戻った秀次は、これは秀吉が秀次が拾を攻め滅ぼすのを防ぐ為に先手を打たれたのだと捉え動揺します。
秀保と秀明は「殿下のこと深くご信用されているようにお見受けしますが」となだめ、幸村は「だとしても、それで良いではありませんか、そもそも殿下には、拾様を攻め滅ぼすお積り等はないのですから」と言いますが、秀次は「叔父上がそう思われたことが一大事なのだ」と感じている恐怖を隠す事もなく言います。

秀次は幼少を人質として過ごしています。その為に生き延びる為に人の顔色を窺い、自分が人からどう見えているのかを考える癖のようなものが有った人なのかと思います。

2016-07-16 04.07.02

きりが寧々の使いで書物を受け取りにくると娘のすえが渡しに出て来ます。その際にすえはきりと話し父親秀次について曰く。
「父は弱いお人なのです。自分がどう思っているかより、人にどう思われているのかが大事なお人」
「悪い人ではないけど、波がありますから」

2016-07-16 04.08.31
場面は移り、秀吉が且元に言います。
「良い事を考えたぞ。孫七郎に一歳になる娘がいるだろう。それを拾に嫁がせよう」
「まだお早いのではないでしょうか」と且元は言いますが「今のうちに決めておくのだ。そうすればあいつも少しは安心する筈。直ぐに関白に知らせてやれ」

2016-07-16 04.09.49
熱海に湯治に来ている秀次は秀吉からの知らせを受け取ります。
秀次は「なぜこのように大事な事を勝手に決めてしまわれるのか」と激しく反発します。幸村が「そういう考えもあるという太閤殿下の仰せなのでは」と宥めますが、秀次は倒れ込むのを支えるかの様に手すりに手を掛けて腰掛に座り込み「どうすれば良いのか分からなくなった」と途方に暮れます。

秀次の複雑な心境が現れていると思いました。単純な融和政策として考えるなら秀吉の考えは間違っていないと思います。秀次が生き延びることだけを望むなら秀吉の提案を喜んだ筈です。しかし秀次は自分自身も気付かない内に主体性のようなものを持ち始めており、或いはそれは権力への執着だったのかもしれないのですが、それが今回の反発を生んでいるのかと思いました。

つまり秀吉は秀次は拾が生まれたことによって、疎んじられていると感じており、その不安さえ取り除けば良いと捉えているのだと思います。
しかし秀次が求めているものが己の力の振るい場所だとすると前提から崩れることになります。

関白となった秀次の役割は、
・天皇の意向を取り次ぐ
・官位の叙任
・国郡制に関わる命令

関白職を秀次に譲った秀吉の握る権限
・軍役賦課
・知行宛行、家臣たちの知行割り当てについての権限

このように初めは其々の役割を持っていたのですが、結局、関白の持つ権限も秀吉に集中していたと言われています。結果として秀次は関白となるも権限を持つ事が出来ない現状に対して不満を持っていたのではないかと思えるのです。

そんな秀次に秀明が「太閤殿下は能がお好きでございます。殿下も能を習われては如何ですか」と提案します。
「急な話だ」と秀次は言いますが、秀明は溝を埋めるのはそれが一番だと重ねて言い秀次は「私に能が演じられるだろうか」と意外にも乗り気です。
秀明は宇喜多秀家が能の名人だと知らせます。

「腹筋を意識しろー、声を出せー」 「はい!!ビリー軍曹」

「腹筋を意識しろー、声を出せー」
「はい!!ビリー軍曹」

秀次、秀明、秀保の三人は秀家から能の指南を受ける事となりました。しかし、指南の最中に秀明が小早川家に養子に出される事になったと告白します。秀次は「厄介払いが始まった」と動揺しますが、秀家が「某は殿下の為に生き、殿下の為に死に、殿下の為に舞うのみ」と断じ「稽古を続けるのか、続けないのか」と迫ります。幸村が「皆様方、お師匠さまがお待ちですよ」と促し、秀次は「お願い致す」と頭を下げて稽古を続ける事となりました。
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秀次の迷いに対して秀家の姿は一つの答えなのだと思います。従うことに迷うのなら迷いなど捨ててしまえばいい。命を捨てろと言われれば捨てるだけだという開き直りにも見える姿は、相手を間違えれば目も当てられませんが、秀吉であれば確かにそれだけの忠誠を示す価値があるでしょう。
能の特訓に打ち込む秀次の姿は秀家のそういった姿勢から学ぼうという表れでもあるのだろうと思います。

因みに秀次は能楽に関して、公家・禅僧等に命じて能の脚本を最初に解説した謡抄(うたいしょう)を作らせています。これは後に出る能の注釈書などに影響を与えたと言われる程の出来になっています。つくづく凝り性な男です。

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そして吉野の吉水院にて花見が行われる事になり、そこに参加する秀吉たちに秀次は能を披露する事となります。

こう、大きく行きましょう

こう、大きく行きましょう

能の準備にあたっていると秀次に幸村は「関白殿下は型が小さくなりがちです。ここは一つ思い切って」等と意見していると、秀保が倒れます。
本番直前なので代役を立てる事も難しい状況となっています。秀次が困っていると幸村に目を留めます。
幸村が秀保の代役として参加する事になりました。

私がですか?

私がですか?

次のセリフなんだっけなぁ?

次のセリフなんだっけなぁ?

秀次の舞う能が秀吉の前で披露されます。
寧々は楽しそうに能を見ますが横にいる秀吉の様子を見て表情を曇らせます。
2016-07-16 04.19.41
能を舞い終わった秀吉は秀次に「随分と稽古をしたようだな」と声を掛け「はい」と秀次は嬉しそうな表情で答えます。秀家も秀次は筋が良いと褒め称えます。
しかし秀吉は秀次を怒鳴りつけます。
能が上手過ぎた為です。秀吉も能を舞う趣味を持っており、秀次の舞に到達するまでに掛かる時間と労力の見当がつく事から、この時間を関白としての責務を果たす為に使えと言うのが怒りの理由です。
また「そのような事をしておるから公家衆共に舐められるのだ」とも言っており、これに関しては秀吉と秀次のスタンスの違いが出ています。

秀吉にとって公家は利用するものだという認識であり、実際にその結果として関白という役職を手にしています。
一方で、秀次は文化人としての顔から多くの公家と親交を持つことから自ずと融和政策へと傾くでしょうし、この姿が公家衆と馴れ合いと写り舐められているようにも見えるのだと思います。

秀吉は源次郎に対しては「下手糞」と罵ります。幸村は「面目次第もございませぬ」と平身低頭になります。それを見兼ねた秀家は「源次郎は秀保殿の代役でございます」と弁護しますが「秀保はどうした」と秀吉は聞き「急病で倒れました」と秀次が答えると、遂に秀吉は怒りの余り膳を打ち倒して立ち上がり「おまえたちは揃いも揃って何をやっておるのだ」と怒り心頭となります。
2016-07-16 04.21.31秀次は部屋に入り一人、項垂れます。
そこに寧々が訪れ、秀次は堂々としていれば良いと言いますが、秀次は戦でしくじり政の場で何かを為したこともないと言い、寧々はありのままの姿を見せれば良いのだと諭します。

補足しておくと、秀次が言う戦のしくじりというのは、16歳の時に小牧・長久手の戦いで徳川軍と戦い壊滅的な敗北を喫し、徒歩で命からがら逃げ延びた失態を言っているのだと思います。
また、政の場で何かを為した事がないと言いますが、秀次が統治した近江八幡は善政を敷いていたと言われており、功績は優れた部下の功績が大きいとされていますが、裏を返せば部下の力を活かすことが出来る人物だったのだろうと思います。これは秀次17歳の時です。
秀次について調べて思うのは、秀次に必要だったのは活躍できる場だったのだろうなという気がします。
2016-07-16 04.23.00
秀吉と秀次は互いに相手を思いやっていますが、その全てがすれ違っています。そして秀吉が求める秀次の姿を実現させる為に一番の障害となっているのは自分自身であることに気が付いているのでしょうか。

続きます。

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