真田丸感想27話「不信」③衝突


2016-07-17 05.06.21

吉野での花見は夜になっても行われています。
三成が朝鮮征伐からの兵の引き上げに目途が付いたと報告を行い席に着きます。
茶々は「関白殿下殿。石田治部が参りました故、先ほどの能、今一度見せてやっては如何ですか」と言い、秀次は「それはご勘弁を」と断ります。
秀家は同じものをやっても芸がないので、ここは私が一つと立ち上がりますが、秀吉に「秀家、いい」と断られてしまいます。

秀次に先程、秀吉からあれ程の怒りを買った能を舞ってみてはというのは皮肉が効いています。茶々には人を揶揄する悪癖があるようです。

秀吉は幸村を傍に呼び「おまえもここに来て大分経つ、そろそろ官位を授けてやろうと思うのだがどうだ」
与える官位は従五位下を考えているようです。
しかし幸村は、兄の信幸を差し置いて受けられないと断ります。
既に酔っている秀吉は「おまえは自分が官位を貰うのでは足らず、兄にも与えよと申しておるのか」と言い、三成は「源次郎は分不相応だと申しておるのです。断る口実として兄を持ちだしたのです」と助け船を出します。茶々は「兄者にも同じ位をやれば良いでしょう」と秀吉に言います。秀吉は手に持っていた盃を投げ捨て「思いあがるな源次郎。儂がやると言っているのだから素直に受け取れば良いものを、策を弄して兄弟そろって官位をせしめようとは、何たる浅ましさ。おまえは父親に似て油断がならん。策士、策に溺れるとはこの事じゃ、底が見えたぞ源次郎。金輪際、官位などやるものか」と怒りを露わにしますが「お待ちください」と意外な所から声が出ます。秀次です。
2016-07-17 05.08.38
「太閤殿下は何か思い違いをなされているようです」と秀次は秀吉に言います。「なんだと」と秀吉は秀次を睨みますが「官位を与えるのは関白の務め。誰が、いつ、如何なる位を授けるか、これ全て関白がすべき事。源次郎に官位を与えるかは、私が決める事です」と言います。寧々はその横顔を微かな笑顔を見て見守ります。
2016-07-17 05.09.01
秀次は次に「源次郎。其方には従五位下の位を授ける。そして源次郎の兄だが、儂はそのものを良く知らん」と言い、幸村は「兄は全てに於いて私を上回っております」と言うと、秀次は頷き「まずは調べよう。その上で支障が無ければ兄上に従五位下を授ける」と言うと、秀吉に向き直り「太閤殿下、左様仕ろうと存じますが、よろしゅうございますか」と言います。2016-07-17 05.07.47

秀吉は黙ったまま秀次を見据えますが、やがて表情が綻び「よくぞ申した。お主の言う通り、これは関白の仕事であった。この件、其方に任せる」と言います。「畏まりました。さっそく帝に上奏いたします」と秀次が頭を下げると「それでこそ関白じゃ」と秀吉は喜び、秀次も喜びを噛み締めます。
2016-07-17 05.09.49
2016-07-17 05.10.40
そして官位は信幸にも与えられることになり、その知らせは沼田城にいる本人にも届けられます。
信幸は稲に官位を与えらえれることとなり、京へ上ることになったと伝え、稲にも同行するように伝えます。
稲は「行きとうございません」と断りますが「そうはいかん。大名は妻を京へ住まわせることとなっておる。だから母上は今も向こうにいる。おまえもこれを機会に京に移るのだ」
「稲はもうこれ以上、生まれ故郷から離れて暮らすのはごめんでございます」と尚も断りますが「近々出立する。身支度を整えておくように」と信幸は聞く耳を持たず「稲は参りませぬ」と強い口調で言い返します。
2016-07-17 05.10.55
結局、稲は京行きの決定を覆せませんでした。
稲は浜松に帰ろうと決意します。支度をする為に「誰か」と側の者を呼ぶと、呼ばれて出て来たこうに「殿が京に連れて行くと申された。私は行くつもりはない。もはや浜松に帰るしかなかろう」と稲が鼻声で言うと「それはなりませぬ。奥方様。辛い思いは貴方様だけではありません。貴方様よりもっと辛い思いをしている者がおります」そう言うとこうは稲の手を握り
「乗り越えねば。何としても乗り越えねば。奥方様の帰る先はここより他どこにもございません」と言うと、聞いた稲は涙を目に溜めて唇を震わせてこうと目を合わせる事が出来ません。いつしかこうの目にも涙が溜まっています。
2016-07-17 05.11.57

文禄三年十二月二日
京の聚楽態に於いて真田兄弟の二人は揃って叙任を受けました。
2016-07-17 05.14.05
真田信幸、従五位下伊豆守
真田信繁 従五位下左衛門佐

上記のようになりました。
従五位下という役職は貴族と呼ばれるようになる官位です。
また、伊豆野守というのは地方長官のような役職であり、左衛門佐は門の左側を守る。要は警護職となりますが、この時代は名誉職の意味合いが強いので、信幸が実際に伊豆守として地方長官に就くという事ではありません。
しかし、気付いてみると平野が従五位下を叙任したのは、これより後の慶長三年なので官位は幸村が先に抜かした格好ですね。

幸村は秀次に官位叙任の礼を「お蔭を持ちまして兄もいたく喜んでおります」と述べます。
秀次は「私はこの聚楽弟を新しくしようと思う」と決意を述べます。
「これからは明や朝鮮からの使節も多くなると思う。それ故、万事すこぶる豪勢にしようと思っている。奴らが腰を抜かぬ程にな」と決意を語ります。
どうやら花見の一件でやる気が出て来たようです。

2016-07-17 05.14.28
次の日、昌幸と信幸、幸村は叙任を受けた礼を述べる為に秀吉を訪ねます。
昌幸が「伊豆守信幸、左衛門佐信繁、今後ともお引き立て願わしゅう存じまする」と頭を下げます。
すると秀吉が信幸に良い弟をもったなと言い、官位叙任の経緯と官職の左衛門佐ついても信幸の伊豆守と同様に幸村も~守とする所を幸村が遠慮して左衛門佐となったと内幕を語り「伊豆野守は弟に頭が上がらんな」と話してしまいます。

幸村と信幸は昌幸を残し、その場を辞した廊下で幸村は信幸に弁解をしようとしますが信幸は「俺に少し時をくれ」と言い残して去ってしまいました。

昌幸は残り、三成から伏見城の普請に加わる事を依頼されます。
当初は秀吉の隠居所と考えられていたそうなのですが、公家の接待や明や朝鮮の使者を迎える場所が付け加えられることになったと図面を見せられます。
公家の接待や外交は本来なら関白の仕事なのですが、秀吉は「あれも忙しそうなので、儂が出来る事は手伝ってやろうと思ってな」と言います。
三成は更に敵の備えを増築すると言います。
昌幸は「敵とは」と聞くと三成は「惣無事令がある以上、大名達が攻めて来る事はない」と言うと秀吉が話を引き取って「しかし海の向こうは別じゃ。安房守、其方の軍略を持って伏見を難攻不落の城に作り替えてくれぬか」と普請に加わる事を頼みます。
秀吉にそこまで言われてしまっては昌幸も流石に断ることが出来ず「畏まりました」と引き受けるしかないのでした。

自分の控えの間に帰った昌幸は伏見城の普請に対して情熱が沸かない様子です。当たり前です。
隙があって機会があったら自分で攻めてやろうと思っている城の防御を固める気なんか起きなくて当然です。ここで自分だけに分かる穴を作って置こうとしないのは昌幸の意外な律義さでしょうか。

そんなことをしていると信幸と幸村が入って来ます。昌幸は「伏見城の普請を手伝わされることになったわぁ」とぼやくと「後にして頂いてよろしいですか」と幸村に言われます。
2016-07-17 05.17.49
信幸は今回の叙任の件について官位が「源次郎だけに与えられるものだったと」と知っていたのかと聞いて来ます。「知っとったよ」とあっさりと答えます。「また、私だけ蚊帳の外でしたか」と信幸は項垂れます。
昌幸は「おまえ、太閤に口止めしたんじゃないのか」と幸村に聞くと「お忘れになられたようです」と答えます。「しかし何れは知れること。その時、私がどう思うのかお考え下さらなかったのですか」と信幸は語気を強めて言います。「まぁ良いではないかぁ。理由はともあれ従五位下になったのだ。伊豆野守だぞ。大したもんだぁ」と昌幸が褒め殺そうとしますが「返上出来るものなら今からでも返上しとうございます」と残念ながら信幸には通用しないようです。「兄上、そのような事を仰らないでください」と幸村が宥めようとしますが「弟の情けで貰っても嬉しくも何ともない」と信幸の怒りが収まる様子はありません。昌幸は「馬鹿なことを言うものではない。貰えるものは、病気以外貰っとけば良いんだ」とどこかずれた事を言うと、怒りが収まらない様子で何事かの言葉を呑み込みます。幸村は「確かに初めは私からでした。しかし関白殿下は兄上のことを色々お調べになられた上でお決めになられました。兄上にそれが相応しくないと殿下が思われたら、この話はありませんでした」と説得します。「あの話は本当か、左衛門佐」信幸は諦めたように言います。「源の義経が左衛門尉だったのにあやかり、義経が兄、頼朝を支えたように私も兄上をお支えしたいと思ったのです。それだけです。他意はありませぬ」と幸村が言葉を尽くすと、信幸はようやく横にいる幸村を見ますが、再び前を向いて幸村を視界から外して「儂は、そういう、おまえの、なんというか、抜け目のなさに、無性に腹が立つのだ」と再び怒りを露わにして立ち上がります。幸村は「私の考えが足りませんでした。申し訳ございませぬ。兄上」と頭を下げますが、信幸は何も答えずに立ち去ろうとします。「待てぇ、伊豆野守」と昌幸が呼び止めると「伏見城の改築。おまえやってみろ」と言うと「太閤殿下は父上にお命じになったのです」と言い「御免」と言い残して立ち去ります。
昌幸は「いやぁ、怒っとったなぁ」と他人事の様に言います。幸村は項垂れます。
昌幸は「まぁほっとけ、一度吐き出せばそれで終わりじゃ」と言いますが軽くため息を吐きます。「これ、やってみるか」と伏見城の図面を幸村へ投げると「父上がおやりになるべきでしょう」と言いながら図面を開きます。
2016-07-17 05.20.23
そこに謁見の間や評定の間が記されているのを見つけた幸村は「太閤殿下は伏見城で政を行うお積りなのですか」と言い、「そのような事を言っておった」と昌幸が答えます。
幸村はこの事を秀次が知ったらと心配します。
昌幸は「さて儂も戻るとするか」と立ち上がり「源三郎のことは儂に任せろ。うまく宥めてやる」と言うと幸村が「すみません」と頭を下げますが「だから、こっち頼むわ」と図面を指さすと幸村が止めるのも聞かず足早に出て行ってしまいました。

じゃあそれよろしく

じゃあそれよろしく

信幸の怒りの原因についてですが、まず考えられるのは、今回の叙任を受けるにあたって信幸は稲を人質として京に住まわせました。それが弟の情けでの叙任の為だったと知った事が大きいように思えます。
また、幸村への嫉妬のようなものがあったのかと推測します。
従五位下は当時、大名クラスの人間に与えられた官位です。幸村が頼まなければ信幸の叙任はなかったということは、幸村は公式に大名クラスの人間として認められたが、信幸は認められなかったという事です。
信幸は官位を授けられた事でようやく一人前の大名として、今まで出さなかった愛する妻を人質に出す決心をしました。それが弟のお情けで且つ弟に先を越されたとと分かってしまうと怒り心頭になるのも無理のない話かと思います。
そして最後に昌幸の伏見城の普請をやってみろです。信幸は昌幸が秀吉に隙があれば攻めてやろうという気持ちがある事を知っています。その敵の普請をやれというのは、裏返すと信幸の普請した城なら攻め落とせるという事だと受け取ったのかもしれないとも思いました。

一人残った幸村が伏見城の図面を見ていると秀次が訪れます。
左衛門佐と呼び掛けて軽く世間話をしたあと「私はきりを側室に迎えたいと考えておる」と言い、幸村は「願ってもないお話と存じます」と答えると、秀次は気持ちはきりに伝えて返事を待っていると言います。
2016-07-17 05.21.59
すると幸村の横にある図面を拾い上げてと広げます。
そして、図面に書かれる謁見の間と評定の間を見つけてしまいます。
秀次は必要ないので秀吉が伏見城で政を行うのだと受け取ったようです。
「なぜじゃ、何故、叔父上は私を信じて下さらぬ」と嘆きます。
2016-07-17 05.22.55

幸村は再び秀吉を訪れ秀吉の心遣いが裏目に出ていることを伝え、秀次と会って話をして下さいと願いますが、ええい面倒臭いと立ち上がり「全てはあやつの心の弱さが元じゃ、会っても話すことなど何もない」と言い残して立ち去ってしまいます。
2016-07-17 05.23.26

結局の所、秀吉の敷いた政権は中央集権体制だったという事です。秀吉は手にした権力を手放せないのです。従って、秀次が己の職務を全うする為には秀吉から権力を奪い取る為に衝突する以外には有り得ないというのが悲劇の元です。

更に伏見城は当初は拾がいる大阪城と秀次のいる聚楽態の中間程度の場所にあるので、秀吉が拾と秀次の後見、或いは監督を行う為の隠居所だったものが、機能拡張と強化が行われたことで完成時には朝廷から完成を祝う勅使が派遣され、各大名たちも競って伏見に屋敷を建てる事となり、秀次にとって伏見城は己を一方的に監視する為の城以外の何者でもありませんでした。

2016-07-17 05.24.39
更に秀次に追い打ちを掛ける出来事が起こります。
秀保の死です。
僅か十七歳という若さでした。
2016-07-17 05.24.56

秀保の死を聞いた秀吉は葬儀を隠密に済ませ、豊臣の参列を禁じます。
2016-07-17 05.25.24

寧々が秀保の参列を許可するよう秀吉を説得します。
2016-07-17 05.26.42
秀吉は秀保が死んだことが罪だと言います。
その罪は二つ
・ この年に死んだ事
(拾が鶴松の亡くなった三歳の年)
・将来、拾の為に力を尽くさぬまま亡くなった事

寧々は秀吉に、それでは秀保が浮かばれないと説得を続けますが秀吉は「その名を二度と口にするな」と言い聞く耳を持ちません。
2016-07-17 05.26.27

2016-07-17 05.28.13
秀保に対する秀吉の態度は秀次を戦慄させました。
秀次は秀明に「これで分かった。叔父上にとって我等はいらぬ者なのだ。あの方は我らが邪魔なのだ」と言い、一つの決断をします。
2016-07-17 05.28.32
次の日、聚楽第から秀次の姿が消えます。

そして大阪城できりが配膳の為にか廊下を渡っていると「きり」と呼ぶ者がいます。
2016-07-17 05.30.02
きりが呼ばれる声を辿ると、そこには秀次がいました。
2016-07-17 05.30.12

27話「不信」終わり。

真田丸感想一覧