真田丸感想28話「受難」③秀次不在につき

2016-07-23 10.26.58

今回は京の真田屋敷に秀次を迎えた後に、再び聚楽第に戻ります。
そこには吉継がおり、秀次について表向きは流行り病という事にしているという事にして急場を凌いでいる事が伝えられます。
秀秋はそろそろ秀吉に報告した方が良いのではないかと言い、自分たちもお咎めを受ける事になるのではないかと心配します。
幸村はもう一日だけと引き伸ばします。

2016-07-23 10.27.49
幸村が廊下に出ると秀次の娘たかが中庭を眺めています。幸村が礼をして通り過ぎようとすると「父は変わりありませぬか」と問い掛けます。幸村が沈黙にて答えると「息災なら良いのです」とたかはどこか悟ったようなことを言います。幸村が頷くと「父にこれを渡してください」と侍女が包みを渡します。必ずお渡し致しますと言って幸村はそれを受け取りました。

すえが立ち去った後に廊下を走り平野がやって来て秀吉から幸村を呼び出す命が下された事を伝えられます。

2016-07-23 10.28.12
幸村は再び京へと向かい先ずは秀次へ秀吉に呼び出された旨を伝えます。秀次は「お怒りか?」と幸村に聞きます。幸村は「関白の務めを投げ打たれた事に関しては何等かのお咎めがありましょう」と答えます。しかし、続いて「殿下はこれからの豊臣家に無くてはならぬお人」と言い、事を上手く収めてみせると伝えます。

幸村のこの言葉は本当だと思います。豊臣家滅亡の原因の一つは縁戚の少なさにあるとも言われています。この時を現在として豊臣の者は秀次と秀秋しかいません。もしも秀次が生きて関白としていれば関が原の合戦時に豊臣方から徳川方に付く大名はもっと少なく、関が原の戦い自体が起こらず、徳川家康は一大名として命を終えた可能性だってあります。

2016-07-23 10.28.34
そして幸村はたかから預かった包みを秀次に渡します。
秀次が包みを開くと中から聖母マリアの板絵が出て来ました。
秀次はそれを見ながら「左衛門佐。きりに会ったら伝えて欲しいのだが、側室の件、心変わり致した。この話は無かったことにする」そういって聖母マリアの板絵を眺め、これをきりにやってくれと幸村に頼み板絵を一枚、手渡します。幸村はそれを黙って頷き受け取ります。
振り返ってみれば秀次が悲しみに打ちのめされている時に決まって抱きしめたのはきりです。その姿は聖母マリアのように見えていたのかもしれません。

2016-07-23 10.29.43
その後、幸村は秀吉と会います。
秀吉は呂栄助左衛門と会い珍しい品を買ったと話します。そして秀吉は「左衛門佐、そなたに嫁を取らせることにしたぞ」と言います。相手は吉継の娘、春です。幸村が「しかし」と言うと光成が「悪い話ではないと思うが、左衛門佐殿」と役職名で呼びます。業務命令という事ですね。秀吉は「良い返事を待っておるぞ」と言うのでした。

幸村と光成は秀吉の前を辞して二人になり、光成は開口一番に「関白殿下の事。直ぐに太閤殿下に申し上げよ。隠している間が長くなるほどお怒りも大きくなる」と言います。何の話でございましょうと白を切る幸村ですが「お主が言わぬなら私が言っても良いのだぞ」と言い、幸村は秀吉への報告は秀次を説得するので待って欲しいと光成に頼みますが「私の耳に入ったということは太閤殿下のお耳に入ったということじゃ」と光成は一喝にて答えます。

秀次謀反の疑いは光成が秀吉へ讒言したことが原因であるという説が有り、その讒言の内容もいくつか存在しています。内の一つは秀吉の側室であった菊亭晴季候(薫が父親だと言っていた人物)の娘が病の為に暇を出されて戻っていたところを秀次が見初めて継室にしたというもので、それに秀吉が激怒した為だというものがあります。他にもいくつか説はあるのですが、光成は秀次を弁護していたとも言われています。後に関が原の戦いで光成の下で秀次の遺臣であった若江八人衆が懸命に働いていたという事から、どちらかと言うと光成は秀次擁護派だったのではないかと思います。

幸村は秀吉に秀次のことを報告することになりました。
中庭で寧々と茶々で拾を遊ばせている中庭で縁側に座りながら報告を聞いた秀吉は「いまどこにおる」と聞き、京の真田屋敷にいると知ると説教してやると息巻いて立ち上がります。
それを聞いた寧々は「関白殿下にはこの先、拾を守って貰わねばなりません。あまり追い詰めてはおかわいそうですよ」と素っ気無い素振りで諫めます。
寧々は「もうええんやないですか?孫七郎もそろそろ楽にしたってほしいわぁ」と入り「人には持って生まれた器というものがあります。あの子は関白の器ではなかったということ、分不相応の仕事をさせられて苦しむ姿を見るのは辛うございます」と秀吉を宥めますが、秀吉は「しかし、秀勝も秀俊も死んでしまった。豊臣で残っているのはあいつだけなんじゃ」と答え、それを聞いた幸村は「そのご心中、どうか関白殿下にお打ち明け下さいませ」と話しに入ります。その言葉に寧々は何度も頷きます。秀吉も、黙って小さく頷きます。
2016-07-23 10.32.40

しかし幸村が光成と共に京の真田屋敷に戻ると、秀次は高野山へと向かった後でした。幸村は高野山へと向かう事となり、光成は大阪城へ戻ります。

続きます。

真田丸感想一覧