真田丸感想29話「異変」⑤秀吉の衰え

2016-07-31 20.45.01

今回は秀吉の老化についてとなります。

秀吉は家康を呼び出します。
向かう途中の廊下で且元に家康は「太閤殿下が直々に儂に相談とは、如何なる事でござるかなぁ」と一緒に向かう且元に聞くと「私には分かり兼ねます」と答えます。

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その頃、秀吉は付け髭を付けて準備をしていると寧々が昔よく食べたと言って生せんべいを持ってきます。
秀吉は「それで」と控える三成に聞くと、家康に今後の政の仕組みについて話しておらず三成等の奉行衆が政を行う旨を伝える事を確認しようとします。
しかし秀吉は寧々の作った生せんべいを口にして不味いと言って投げてしまいます。寧々が「昔は好きでよう食べておられましたよ」と言いますが「こんなもの食うたことない」と言います。三成の確認は有耶無耶となってしまいます。

認知症になると味覚が変わると言われています。秀吉にもそれが現れているという事なのではないかと思いました。また秀吉の頭髪は、ほぼ全て白髪であるにも付け髭は黒のものを選んでおり、色の調和についても判断する事が出来なくなっています。

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秀吉は家康の待つ広間へと向かいます。
そこで政の仕組みを考え直すと伝えます。
・拾(秀頼)が元服するまで関白は置かない
・家康を要とした大名の合議制とする

この発言に三成等は驚きます。

秀吉は家康の前に進むと「拾のこれからは徳川殿、其方に掛かっておる。どうか頼みますぞ」と頭を下げます。

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幸村は吉継に秀吉のことを相談します。吉継は「太閤殿下もお疲れなのだろう」と言い、三成が困り果てていると伝えます。「まぁそうであろうな」と言って自分で白湯を注ぐ吉継の首筋には小さな腫れ物のようなものが多数浮かんでいます。
吉継は自分の容態を「良くもならず悪くもならずといった所じゃ、何の病かもさっぱり分からん」と言います。吉継は当時の業病、ハンセン病に掛かっていたと言われています。

日は変わり家康は再び秀吉に呼び出されます。案内する且元は辛そうな表情を浮かべて胃の辺りを押さえます。

前回と同じく家康が広間にて控えて待っていると、秀吉が後からやって来て言います。拾が元服するまで関白は置かぬ積りだと言い、続く言葉も前回と同じです。
気づいた三成は目を瞑り、幸村と且元は秀吉を見ます。家康は困惑した表情を浮かべます。
様子に気付いた秀吉は「如何致した」と聞きますが家康は取り繕うように「身命を賭して拾様を盛り立てて参ります」と了承します。
秀吉は自分に言い聞かせるように頷きます。

2016-07-31 04.03.30
家康は控えの間に戻り、三成と幸村、且元に対して「なぜ殿下は同じことを二度お命じになられた。わしゃ急かされておるのか」と聞きます。
三成は「豊臣家の行く末の掛かった大事な用件故」と家康の目を見て話しますが「念を押されたのでしょう」という時には目を伏せてしまいます。それに家康は気付き訝かしみます。家康は「殿下は大丈夫か、近頃お痩せになられたようなぁ」と言った所で光成は「いつもの通りでございます」と話を遮ります。幸村も「体力、気力共に漲っておられます」と言います。それを聞いた家康は三成と幸村から事実を聞くのは困難と見たのか「片桐殿」と呼び掛けます。「殿下より、寧ろ私の方が・・・。先日、生まれて初めて寝小便をしました」と意外な告白をします。家康も思わず「なに」と反応してしまいますが「この件はこれまで」と三成は話を強引に打ち切ります。家康は疑い深そうに三成を見やります。

2016-07-31 04.04.28
幸村はこの一件に危機感を感じたのか吉継の元へ再び相談へ訪れます。今回の話を聞き吉継も只ならぬ事態を悟り、押し殺した声で「殿下が危うい事。決して悟らせてはならぬ。そして殿下から目を離さぬ事じゃ」と幸村に伝えます。
今回の事態で吉継は自分が秀吉の傍に居られればと己の病気を悔やみます。
そして三成へ覚書を届けよと幸村に命じると、筆を取りますが病の痛みから落としてしまいます。吉継の病も悪い方向へと進んでいるようです。

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一方で寧々が秀吉へ今度はビスケットを焼きます。以前、秀吉が食べた際に美味いと言っていたのを覚えていて、これならばと焼いたようです。
しかし秀吉はビスケットを手に取り口に近付けると「臭い」と言って「こんなものが食えるか」と投げ捨ててしまい、寧々は驚いた表情を浮かべます。
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人たらしと言われた以前の秀吉からは考えられない対応です。

2016-07-31 04.06.14
伏見城の普請場では信幸が昌相と昌幸の仕事振りを見て「あれこそが父上のあるべきお姿」と話していると、畳を抱えた職人がやって来ます。「ここは昨日、敷いたばかりであろう。父上の命か」と信幸が聞くと「太閤様でございます」と職人は答えます。今朝程に秀吉が普請場を見にやって来て部屋の敷居に躓いた為に畳を厚いものに変える事になったという事でした。
2016-07-31 04.06.30
職人が「太閤様はお加減がよろしくないようでした」と報告すると信幸は口止めをするのでした。

原因として考えられるのは秀吉の足の筋力が弱まることで足を上げる事が出来なくなっている可能性と、脳血管障害でも同じ症状が出ると言われています。どちらにしても良くない兆候です。

2016-07-31 04.07.12
城では秀吉が三成に対して「徳川殿を呼べ」と命じます。
秀吉は「拾が元服するまで関白は置かず・・・」と家康に以前に伝えた事を申し渡すと言います。

三成は秀吉に言います。
・政に関して秀吉から家康には既に命じている
・政を大名ではなく奉行で取り纏めるとも命じていた

それを伝えると幸村を残して三成を下がらせます。
2016-07-31 04.07.40
秀吉は幸村に「昔の事は覚えていても近頃の事になると、てんでいかん」と言うと幸村はお疲れなのですと慰め休養を勧めます。
秀吉は立ち上がると足を摺るようにして歩き近づくと「儂は壊れてしもうたのか」と尋ねます。幸村は否定するために「まさか」と膝で立ち上がると「ご心配が過ぎまする」と答えます。
秀吉は「捨が元服するまでは生きていたいんじゃ。ただ、生きているだけではいかん。捨が儂の様になりたいと思う。そんな父親であらねばならん」と感情を抑えられずに言います。幸村は「拾様は、殿下のお背中を見ながら、すくすくとお育ちでございます」と秀吉が捨と拾を間違えていることを訂正しながら答えます。
秀吉はそれに気が付いたのか少し沈黙すると幸村に取り縋り「死にとうない」と泣きます。
2016-07-31 04.08.30

 

2016-07-31 04.09.17
三成も秀吉の事を看過する事が出来なくなり幸村と共に寧々に相談します。
寧々は「寧々は年を取る言うのは、そういう事じゃにゃあのかねえ」と文を整理しながら言います。
三成は日に日に状態が悪くなっている事を伝えます。それを聞いた寧々は「貴方達が何もかも押し付けているからでにゃあですか」と語気荒く言います。三成は黙り、寧々は「すまぬ」と詫びます。
三成は寧々が冷静になったのを見ると「医者によると今後はぼんやりなさる事が多くなり、転んだり、頭をぶつけたりする事も増えるそうです。それが切っ掛けで寝込んでしまう場合も有るとの事」と報告します。
寧々は目に涙を溜めて「十分に注意します」と精一杯に答えます。

寧々は秀吉の苦心を知っているのだろうと思いました。秀次事件によって福島正則は秀次の切腹を止められなかった廉を切っ掛けとして、正則含む清正等の武断派と三成を含む文治派とで対立を起こしていたと言われており、秀吉が大名による合議制に考えを変えたのも、このまま進むと文治派と武断派による戦いによって豊臣の天下が崩れることを心配した苦渋の選択であったとも言えるのではないかと思います。
(他に朝鮮との戦いで起きた意見対立が原因とも言われる)
寧々が声を荒げたのは今の秀吉にそういった負担を掛けている事に対してなのだと思います。

2016-07-31 04.10.52
次に三成と幸村は茶々の元へと向かい秀吉について同様のことを報告します。茶々も同じような印象を抱いていたことを言います。
それを聞いた三成は、今後はなるべく拾と秀吉を一緒に過ごせるようにしたいと伝えると、茶々は拾から秀吉を遠ざけたいと言います。
幸村が訳を聞くと「拾に太閤殿下の老いた姿を見せたくないのです。拾にとって思い出の中の父親は威厳に満ちた天下人でなければならないのです。老いさらばえた惨めな姿など見せたくありません」と立ち上がり話を打ち切ろうとしますが幸村は秀吉の心を察して欲しいと頼みますが「察した上で申しておるのです」と憤り、拾いの元へと向かってしまいます。

2016-07-31 04.11.40
大蔵卿局は「お方様が大事にされるのは何より拾様のお気持ちにございます」と茶々に変わって心を代弁するのでした。

そして慶長伏見地震が起こります。

2016-07-31 04.13.01
三成が秀吉の様子を見にやって来ると秀吉は部屋の隅でうずくまり「誰かおらぬか、誰か、誰か、誰か、誰か」と呪文のように唱え続けていました。
2016-07-31 04.13.31
29話「受難」感想おわり。
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