真田丸30話感想 「黄昏」②幸村の苦悩

2016-08-02 00.08.17

幸村は冒頭で伏見慶長地震によって崩れた秀吉の住まいを作る事が肝要と三成に言い渡され、昌幸が今まで取り組んできた戦うための城作りは取り止めとなりました。
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それを聞いた信幸は嘆きます。その嘆きを幸村は責められる様に聞かされる事となります。

秀吉は伏見城が出来るまで大阪城に戻る事となりますが、その矢先に事件が起きます。
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土佐にスペイン船サン・フェリペ号が漂着、浦戸湾に回送されますが、その価値が70万石と知った秀吉は船荷を没収しようとします。
幸村は「4年前に船の積荷を勝手に奪ってはならぬと触れを出されました。罪のないイスパニア人から勝手に積荷を奪う事は出来ません」と進言しますが「罪があれば良いのじゃな」と言葉尻を捕らえるように秀吉は言うとバテレン追放令を使うと言い出し、更にはキリスト教徒たちを引き廻しの上で磔にすると言い出します。図らずも幸村がキリスト教徒弾圧の切っ掛けを作った格好となってしまいます。

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伏見の大谷屋敷へ幸村は訪問して吉継にサンフェリペ号事件から連なるキリシタン達への弾圧について報告します。
吉継は「積荷欲しさに罪の無い人達を磔にするとは」と言い、幸村は「殿下はもう以前の殿下ではありませぬ」と言います。吉継は「殿下は些か長く生き過ぎたのかもしれんな」と呟くように言います。幸村はそれに何も言い返せません。

幸村は図らずも秀吉の暴虐の共犯者へとされてしまったことに揺らいでいるように見えました。

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文禄5年(1596)9月
明の使節団が和平交渉の為に大阪城を訪れ秀吉は面会します。
その後大名たちが居並ぶ広間で秀吉はそのことを告げます。
秀吉は西笑に受け取った書状を内容の分かる言葉で読み上げろと命令します。

因みに西笑は臨済宗の僧であり諸法度や外交文書の起草、学問奨励策や寺社行政に重要な役割を果たしたと言われており、秀吉の後には家康に仕えました。

西笑は多少考え込み、三成も同時に目を瞬かせ口から息をします。
西笑は命令通りに分かる言葉に言い換えて書状を読み上げます。その事によって行き違いがあった事が判明します。

書状の内容
・明は秀吉を日本の国王と認める
・代わりに兵の撤兵を求める

つまり明は日本との戦いに勝ったという認識であるという事が判明します。

これに秀吉は激怒し、西笑に明から受け取った金印を投げ付けます。
秀吉は明との戦を再開する事を決めます。

その宣言の最中で秀吉は小便を漏らし始めます。
幸村は急ぎ駆け寄り「三成様。拾い様が粗相をされたご様子」と言うと三成は「これは然り、方々、暫しお待ちあれ」と言って秀吉に駆け寄り、幸村と三成は秀吉を抱え、拾は且元が連れ出します。

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夜に幸村と信幸が酒を飲みます。
「また朝鮮で戦か」と信幸は手酌で酒を注ぎながら言います。「誰も喜ばない戦です」と幸村も本音を答えます。信幸は続けて「皆の前で小便を漏らしたのは・・・。誠に拾様だったのか」と聞くと「勿論です」と幸村は答えると口を強く結びます。
それ以上の事を聞き出すのは無理だと信幸は悟ったのか盃の酒を苦そうに飲み干すと領地の検知が上手く運んでいない為に一旦、国に帰ると言います。幸村は沼田の者達に宜しくお伝え下さいと頼みます。

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幸村は自分の屋敷へと戻ると一人で酒を飲み悩み込みます。それを見た春は「何かお悩みですか」と聞き、幸村が振り返ると「ここにお皺が」と自分の目の辺りを示します。幸村は目を丸く見開き顔の筋肉を解します。「春には関わりのないこと」だと言うと、春は片づけを再開しますが「私は兄を裏切っていると」と収め切れなかった言葉を吐き出します。春が振り返ると「そして兄に私の心はお見通しだ」そう幸村が言うと春は傍に近寄り座り直します。
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幸村は言います。
こうなりたいと思う人物が二人いた事。
その二人から儂の様になるなと言われた事。

一人は人の道を捨てた。
信尹の事です。真田を信頼して共に戦おうとした春日信達を裏切り殺しました。

一人はお家の為、己の信念を曲げた
景勝の事です。家の衰退の為に義の精神を曲げて秀吉に降る事となりました

自分はそうならないように心掛けて来た事。

豊臣家に仕えた以上、背くは義に背く事。
それが苦しい事。

春のお辛いのですね。という言葉に幸村は「義を貫くのは、これほど厳しいものなのか」と外を見やったまま答え、春は沈黙します。

幸村の見る秀吉は衰えと共に暴虐性を増しており、それは幸村の信念と相反するものであるように見えます。その為に自分の職務を全うするべき意義のようなものを見い出せなくなりつつあるのだろうと思いました。

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信幸は上野の沼田城に帰り、頼幸、頼綱、内記を集め、秀吉亡き後に世が乱れる可能性が有る。その為に沼田城に天守閣を築き難攻不落の城に作り変えると宣言します。

信幸は幸村へと伝えた内容と違った目的で帰国していました。両者の立場は違っている為、本当の事を全て伝える事が出来なくなっているという事情は理解出来るのですが、やはり寂しくも感じます。

そして頼幸が信幸に「源次郎様はご息災でいらっしゃいますか」と幸村の様子を聞くと
少しの間、考え込み「堂々としていて頼もしい限りだと答えます」弟のことを伝える際、同じ家の者にも内容を吟味しなくてはならないというのは信幸の苦しさでもあるのだと思います。

戦が起きるかもしれないという知らせに頼綱は「床の上で死ぬる訳にはいかぬわ」と喜びますが、その後に倒れると戦場に出る願い叶わず天寿を全うする事となりました。

矢沢薩摩守頼綱、慶長2年5月7日に死去。享年は80歳でした。

真田の守護神とも言うべき頼綱の死は大きなものであった筈です。恐らくですが戦の戦略を根本から立て直す必要性を考えさせる程に、この出来事は後に昌幸や幸村にとって大きな痛手になったのではないかと推測します。
頼綱の逸話はこちらに書きました。信幸、頼綱に手を焼く

続きます
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