真田丸30話感想 「黄昏」③サンフェリペ号事件について

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サンフェリペ号事件について

大阪でサンフェリペ号事件について且元が三成に報告します。
・漂着した船はイスパニア(スペイン)のサンフェリペ号
・漂着船は土佐の大名である長宗我部元親により浦戸湾に回送

報告を聞いた三成は「厄介な事になるな」と言います。

元々1596年7月に船長マティアス・デ・ランデーチョの指揮するガレオン船サン=フェリペ号はフィリピンのマニラを出航して太平洋を横断してメキシコを目指していました。

乗船していたガレオン船は大西洋を航行する為の遠洋航海用の船種であり、ヨーロッパ諸国で使われる事の多い船速が速く、且つ操船が容易である半面でやや安定性に欠けるという短所を持ったものでした。

サンフェリペ号は東シナ海で一度ならず台風に襲われるという不運に遭遇します。
その際にはメインマスト切り倒して風の威力を弱め、更には折角マニラで仕入れた積み荷を可能な限り投げ捨ててまでして船が沈むという最悪の事態だけは避けている状態で、それは或いは航海するというよりかは漂流と言った方が正しかったかもしれません。

1596年10月にサンフェリペ号は日本の四国の土佐沖へと漂着します。
そこから土佐藩の長宗我部元親によって浦戸湾内に曳航されることになりますが湾内の砂州に座礁する事となります。
船員達は長浜に留め置かれる事となりました。

船員達で協議した結果、秀吉に身柄の安全と船の修復許可を得る為に使者を出す事にします。
しかし使者は秀吉と面会する事が出来ませんでした。代わりに豊臣政権五奉行の一人である増田長盛が浦戸にやって来ます。

長盛は船員全員の名簿を作成して残った積み荷の一覧を作成して船員達を町に幽閉すると更に金品を差し出すよう命令します。

そして長盛は「スペイン人は海賊である。ペルー、メキシコ、フィリピンを制圧したように日本も武力制圧する為に測量に来た事を都にいるポルトガル人等から聞いている」といった内容の書かれた秀吉の書状を読み上げます。

元々、スペインの総督は日本への遭難者を救助すると聞かされており、船員達もそうなると考えていました。しかし今の自分たちは海賊と見られており寧ろ懲罰の対象となっていることに船員達は驚き憤ります。
船員の中の一人で航海長のデ・オランディアは長盛に世界地図を示しスペインという国が如何に広大な領土を持つのか、そして日本という国が如何に小さな国であるのかを語り考えを改めさせようとします。しかし長盛は積荷と船員の所持品を没収すると航海日誌等の書類は破棄しました。

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秀吉は漂着したサンフェリペ号の積荷を取り上げましたが、なぜバテレン追放令を利用しようと考えたのでしょうか。
当時、広く世界に航海する船にはキリスト教の司祭が乗り込み、辿り着いた地で布教活動を行っていました。
スペインは世界中に広大な領土を持ち、そこに至った理由は宣教師を世界中に派遣する事で土地の民を教化してスペインの協力者とした上で兵力を持って制圧する。という手順が用いられていたからだと言われています。

しかし宣教師が来ることは同時に貿易も行われることになるので秀吉はバテレン追放令を出しはしましたが強硬な弾圧は行っていませんでした。

但し、日本国内で初めにキリスト教の布教を始めたのはイエズス会でしたが、バテレン追放令から都周辺部での活動は自粛していました。しかしフランシスコ会は積極的に布教活動を行っておりこれが秀吉の怒りを買う要因になったとも言われています。実際に二十六聖人事件で磔にされたのはフランシスコ会会員7名、信徒14名、イエズス会関係者3名でしたが、フランシスコ会で磔にされたのはスペインのアルカンタラ派の者達でした。
また、三成はイエズス会関係者は処刑から除こうとしていたとも言われており、同じキリスト教の中でも扱いは違ったものとなっていたようです。

その後、荷物を失った船長ランデーチョは秀吉に抗議に向かおうとしますが長宗我部元親の許可が下りず、ようやく都に上ることが出来た時、仲介を頼もうと考えていたフランシスコ会の会員達は既に捕まった後でした。

その後にサンフェリペ号の修繕が許されます。
そして1597年4月に浦戸を出航。5月にマニラに到着すると、そこでスペイン政府によって事件の調査が行われます。

1597年9月にスペイン使節としてドン・ルイス・ナバレテ等が秀吉の元へ送られ、サンフェリペ号の積荷の返還と磔にされた宣教師の遺体引渡しを求めましたが叶いませんでした。

このようにサンフェリペ号事件は何とも後味の悪い結末を迎える事となりましたが、賛否はあれども秀吉は船の積み荷を回収するだけではなく、同時にキリスト教の中でも政権の命令を蔑ろにする会派を排除する施策を行う辺り、やはり老いても抜け目がないと感じもします。
また、豊臣政権で発せられたバテレン追放令は江戸幕府にも受け継がれ、やがて鎖国へと繋がっていく事となりました。

続きます。
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