真田丸感想32話「応酬」②三成の慢心、幸村には助っ人

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前回では家康が遂に天下取りの決意を固めました。

今回は、伏見 大谷屋敷で三成と吉継、幸村が話し合う場面から始まります。そこで三成は「やはり心配なのは徳川内府」と断ずると幸村は「用心深いお方です。殿下が亡くなったからといって、すぐさまおかしな動きをするとはとても思えませぬ」と弁護しますが「甘いな」と三成は、それを即座に否定します。吉継は「上杉、毛利、宇喜多殿には徳川に張り合うだけの力はまだない。となると」と老衆の面々を冷静に分析し、残る前田利家を味方に付ける事を考えます。

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早速、三成と幸村は前田の家に訪れます。しかし、前田利家は嫡男前田利長に見守られて床に臥しています。利家は三成に「藤吉郎は儂に秀頼様を託した。儂の目の黒い内は勝手な真似はさせぬ」と述べます。しかし三成は利家のいる間から辞した帰り道「そう長くはないだろう。打てる手は打っておかねばな」と幸村に言います。幸村もこれに無言で頷きます。

前田利家は家康と並ぶ老衆上首の地位にあり、家康とも渡り合える数少ない人物です。豊臣政権内では諸大名との連絡役を務めており人望も有ったと言います。また若い頃は槍の又左と呼ばれ勇名を馳せた人物でも有り、加藤清正、福島正則といった武断派の人間からも慕われていた兼ね合いから文治派と武断派の仲裁役としても働いたとされており、秀吉の亡き後は秀頼の傅役として大阪城に入っています。
しかし、利家は秀吉と同世代の老齢に達している人物で有った事は三成の不幸でもあり豊臣家の不幸であったとも言えます。

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その後、老衆五人と奉行衆五人とで
評定が行われます。
家康は十人を前にして「これよりは、我等五人と五人が力を合わせ、秀頼公をお守りして行こうではないか。この徳川内府、十人の要となって、豊臣家の為に全力を注ぐ所存でござる」と自分が老衆と奉行衆の中心であると宣言して評定が始まります。
評定は三成の進行にて始まります。

今回の評定では下記が決まりました。
・秀吉の葬儀は朝鮮に留まる全軍の引き上げが済んだ後に行う
・朝鮮から全軍を引き揚げる
評定では議題について合議を行い合意に達したところで其々が花押を据えるという流れになるようです。

花押を据えた各人

老衆
徳川家康
前田利家
宇喜田秀家
上杉景勝
毛利輝元

奉行衆
前田玄以
浅野長政
増田長盛
石田三成
長束正家

当時、奉行衆の中で三成は下から2番目の立ち位置だった事は意外に感じます。

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評定が終わると三成は「殿下がご存命の時は、殿下の鶴の一声で全てが動いた。これからは何を決めるも十人の同意を揃えねばならぬ。疲れる」と珍しく三成がこぼすと幸村が「しかし大事な事です」と必要性から慰めると「誰か一人に力が偏らぬようにするには、このやり方しかない」と三成が答え「石田様にしか成し得ぬ事です」との幸村の言葉に「私もそう思う」と三成は答えます。
三成の自分が中心になるという自負と気概が表れているように思えました。しかし、それは慢心に繋がりますし、同時にそれは外から高慢とも写るものです。幸村の苦労が偲ばれます。

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幸村は信幸に呼ばれ真田屋敷を訪れます。
信幸は「お主に客人だ」と言い、信幸と向かい合い幸村に背中を向けていた人物が振り返り、その顔を見た幸村は「三十朗」と唾を飛ばして声を上げて駆け寄ります。「源次郎様、お久しぶりです」と三十朗が頭を下げると幸村は満面の笑みでその肩に手を置きます。
「殿下が亡くなり、お前もこれから石田様の下で一層、忙しくなるだろうと思い呼び寄せた」と信幸が経緯を三十朗を呼び寄せた理由を説明します。
三十朗は「またお世話になります。源次郎様の有る所、三十朗ありです」と、三十朗もまた唾を飛ばして声を上げます。幸村は鼻に飛んだ三十朗の唾を手で拭うと小さく頷くのでした。

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その夜、真田屋敷では三十朗を持て成すささやかな宴が開かれ、春の席で三十朗は酌を受けると「早う会いたかったです三十朗殿」と春が挨拶します。三十朗は受けた酌を一息に飲み干します。自分の席に戻ると「素晴らしい奥方様ではありませんか源次郎様」と声を上げます。幸村は満更でもない表情を浮かべながら聞き、信幸は「左衛門佐様と呼ばんか」と注意します。それを受けた三十朗は「左衛門佐様」と早速に呼び掛けて「言い辛いなぁ。私にとっては源次郎様だなぁ」とこぼすと「どちらでも良い」と幸村は許し三十朗の杯に酒を注ごうと土瓶を持ち上げると三十朗は急いで杯を持ち上げて酒を受けます。おこうは「あちらの方々は皆、息災ですか」と上田のことを聞きます。三十朗は「はい。人も景色も昔のままです」と答えます。
そんな様子を見ていた薫は昌幸の隣で酌をしながら「旦那様、いつになったら信濃に戻れるのですか。太閤様も亡くなられたのですから、そろそろよろしいのでは」と聞きます。それを聞いていた幸村は「お待ち下さい。母上。太閤殿下が亡くなった事どこで聞かれたのですか」と話の出先を確かめようと質問すると「私は、おこうから聞きましたよ」と薫が答え「私は稲様から」とおこうが答えると「私は・・・、誰から聞いたんでしたっけ。皆、言ってますよ」と答え、同じ事を春にも聞くと「ええ、存じておりました」と答えます。
信幸は「やはり、こういう事は広まるのが早いな」と言い「兵の引き揚げを急ぐように石田様に進言致します」と幸村が言っている最中に昌幸が立ち上がり、それを見た幸村は「どちらへ」と昌幸に聞きます。「儂が厠へ行く時、いちいち「どちらへ」と聞くな」と昌幸は言うと、のそのそと部屋を出て行ってしまいました。
それを見ていた三十朗は「こんなことを申すのも気が引けますが、殿は大丈夫でございますか。以前に比べて随分、くたびれたご様子」と言うと「それを言うな」と幸村が嗜めます。

以前の昌幸なら、こういった世の混乱を付け込む機会と捉えて喜んでいた所だと思うのですが、やはり依然と比べて覇気のようなものが失せてしまっているなと感じる所です。

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昌幸は席を立った後、庭で丸い月を一人眺め「帰りたい・・・」と呟いているのでした。

続きます。