真田丸感想38話「昌幸」⑤昌幸の死


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前回、成長した秀頼と家康が会見しました。

幸村は継続して九度山で蟄居生活を送っています。
幸村は焚き付けの木の枝を拾って帰ろうとすると江雪斎が座り休んでいる所を見つけます。「北条氏直様の御霊が高野山で眠っておられるので弔いに参った」と江雪斎は説明すると
「これで気兼ねなく身を引くことが出来る」と最後は坊主らしく終わりたいと告げます。
北条に仕えた後に各地を転々として小早川秀秋に徳川の内通者として入り込み、その秀秋も世の裏切り者として罵られながら死を遂げた姿を見る事となり、くたびれた姿を見ると後の仕官もあまり上手くいかなかったように見えます。しかし屈辱によって諦めるような男にも見えません。元々は平和を望む実直な男です。天下の為と汚れ仕事に塗れ続けた末に最後は座りたいという思いへと至ったのでしょうか。

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これに「私も蟄居暮らしにすっかり慣れました」と幸村も答えますが、江雪斎は首を横に振ると「お主はいかん」と言います。幸村は「他にやりたい事もありませんし」と言いますが「板部岡江雪斎を侮るな」そう言うと幸村の目の奥を覗き込むと「お主の眼差しの奥に燻っている燠火が見える。何れ誰かが、その火を求めに来よう。楽しみにして居るぞ。真田左衛門佐」そう言うと江雪斎は満足そうな笑みを浮べるのでした。

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昌幸の下へは村人達が訪れます。その様子に気が付いた昌幸は書き物を止めて書類を棚に隠すと囲碁に興じている振りをして出迎えます。
村人達は隣村の者達が勝手に薪を取って行くことに憤っており、戦の仕方を教えて欲しいと頼みます。昌幸は作戦を授けようとしますが途中で何かに気付いたように溜息を吐いて黙ってしまいます。それを幸村が引き取ると、現在は惣無事令が出されており、村同士で戦い死人が出れば両方の村長が磔になると脅すと領主の浅野に相談すれば良く計らってくれると助言します。
内記は残念そうな顔でその話を聞きます。
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村人達が帰った後に残された昌幸は考え込みます。その姿を内記と幸村の二人が寂しそうに見守ります。

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そこから数年過ぎたある日の夕方の落ちる頃、幸村達が娘に呼ばれて自宅の庭を見ると息子の大助が切り株に座り項垂れています。昌幸は娘を家の中に入らせると、幸村と春が大助に声を掛けます。大助は村の子供に「罪人の息子」と言われたと傷ついていると「父もじじ様も決して罪人ではない。流れでこうなっただけの事。この世の中で徳川の軍勢を相手に二度も勝ったのはじじ様だけだ。お前にはそのじじ様の血が流れている。誇りを持て」と幸村が勇気付けると大助は頷きます。そして昌幸は孫に近付くと肩を叩くと「今度、何か言われたこうするのじゃ。まず相手の前で膝を付き頭を下げる。そして誤る振りをして噛みつけ」と言って大助の前で実演して教えると「喧嘩に卑怯も何もあるか。勝ったもん勝ちよ」心構えも教えます。大助が笑うと昌幸も笑います。そして昌幸の喧嘩講座は続きます。
それを見た幸村は縁側の方を向くと春に「私も昔、教えて貰った」と言うと教えられた通り、落ちている小枝を拳の間に挟みます。「役に立ちましたか」と春が聞くと「兄上に止められた。あのやり方は卑怯だと、兄上は父上の教えを嫌がってましたね。常に正々堂々とあるべきだって」と拳の小枝を捨てて振り返ると、昌幸が苦しそうに蹲ります。

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その夜から昌幸は床に臥せるようになります。
幸村が団扇で父を扇いでいると、昌幸は目を開くと幸村に棚を指差して開けさせます。
中には大量の紙束が有り「孫子に倣って儂も書いてみた。戦場で儂が学んだ事の全てがそこにある」と言います。幸村が束を手に取ると表書きには「兵法奥義」と題字が記されています。それを昌幸は「おまえにやる」と言います。
「願わくば、もう一度、戦に出たかった・・・」と昌幸は言います。「そのような弱気な事を」と幸村が元気付けようとしますが「源次郎。遺言じゃ。しかと聞け。何れ、必ず豊臣と徳川はぶつかる。その時はここを抜け出し、お前は豊臣に付け」と昌幸が続けると「はい」と幸村は続く昌幸の言葉を聞きます。
昌幸の策
・ 尾張を一番に攻略する
・ 徳川が来たら尾張から引いて近江に入る
・ 瀬田と宇治の橋を落とし追撃を阻む
・ 近江城は焼き払い敵を大阪城に集める
・ 戦は長引かせて反徳川勢力を活性化させる

意図としては、尾張は徳川の直轄地です。これを一時的にでも落としたという事は徳川を倒したという事です。反徳川勢力は徳川が倒せる敵である事を知るでしょう。
そして徳川本隊が来たら大阪に集めて長期戦にすると相手の兵糧には限度があります。それに加えて反徳川勢力が手薄になった徳川勢力を叩くことで、徳川は防衛の為に戻る必要が出て来ます。再び戦乱の世が出来上がりです。
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これが良いか悪いかは別として、結果として徳川の天下は大きく揺らぎ豊臣の勢力を大きくする事が出来るでしょうし真田が豊臣の大きな力となれば、それに相応しい地位と報酬を得ることが出来るでしょう。昌幸は蟄居生活の中で家康を倒す為の策を着々と練り上げていたようです。
だから家康は正信の言う通り狼を野に放したままにせず、さっさと上田に帰して信之に監視をさせて飼い慣らしてしまえば良かったんです。

昌幸の策を聞いた幸村は「父上ならきっと上手く運ぶでしょうが、私には難しいのでは」と自信がないと言いますが昌幸は「儂の立てる策に場数などいらん」と答えます。
そして「心得は一つ。軍勢を一つの塊と思うな。一人一人が生きておる。一人一人が思いを持っておる。それをゆめゆめ忘れるな」と教えると、幸村は「畏まりました」とこれを受け入れます。それを見た昌幸は安心したのか「疲れた・・・」と言って目を瞑り、口を半分ひらいたまま眠ってしまいます。
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陽が落ちようとしています。

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昌幸の枕の周りに真田の者達が集まって見守ります。
やがて目を開いた昌幸は目だけで幸村を見ると「信濃に帰りたかった・・・。上田の城に・・・」と気持ちを話します。黙って幸村は昌幸の手を取るとその両手で包み込みます。
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やがて昌幸の耳に馬のいななきが響き、蹄の音が段々と近付いてきます。
再び馬はいななくと、その足を止めます。
その姿を見た昌幸は「御屋形様」と言い驚きます。
昌幸は幸村達に助けられて身体を起こすと「御屋形様」と声を振り絞り呼び止めようと懸命に手を伸ばします。
そして馬は再び嘶くと昌幸を何処かへと連れ去って行きました。
真田安房守昌幸、慶長十六年六月四日(1611)没、享年六十四。
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真田丸38話「昌幸」感想おわり。
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