真田丸感想40話「幸村」②且元の笑い泣き

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前回、且元が幸村を豊臣陣営に引き入れる為に家康と衝突する経緯を語り始め、方広寺の鐘の銘文が火種となっていることを幸村に伝えます。

幸村に経緯を説明する中で且元は回想の中で秀頼に伝えます。
「大御所様が申されるには一先ず開眼供養は日述べするようにとの事でございます」
その言葉に驚いた秀頼は何が気に入らないのかを聞きます。
且元は「鐘に刻んだ文言の中に自分に対する呪詛の言葉があると。「国家安康」我が諱を二つに割るなど縁起でもないと」と理由を答えます。秀頼は「しかし、それは趣向ではなかったのか」と尋ねると「そもそもおかしいではないか。草案はもう見せているのだから文句があるならその時に申すべきで、鐘が出来上がってからというのは言い掛かりである」と大蔵卿の息子である大野修理大夫治長が横やりを入れます。且元は「理屈が通じる相手ではないのだ」と向こうは言い掛かりを付けているのだから当たり前だろうと憤り言い返したところで秀頼が「鐘を造り直せと家康殿は言うておるのか」と言葉の意味を確認します。且元が「左様でございます」と言うと「しかし供養は来月じゃ」と秀頼が困ると「なんとか大御所様を説き伏せる事は出来ぬか片桐殿」と大野修理が再び交渉にあたる事を要求します。

んな細けぇことぁ良いんだよ

んな細けぇことぁ良いんだよ


再び且元は清韓元へ銘文の書き直しを頼む事となります。
清韓は「洒落の分からぬ男でござるな」と当たり前ですが憤ります。且元は「古来、唐土では人の名を二つに割って記すのは呪いの意味もあるとか」と怖々と言うと「まぁ・・・。いや、まあ、そうとも言うが」と言葉を濁します。「知っておったのですか」と且元は驚いて言いますが「しかし、それはあくまで、あちらの話じゃ。ハッハハハ」と言葉でだけ笑います。これに且元は「もう一度、書き直す訳には・・・」とこれに乗じて頼みますが「有り得ぬ」とこれは清韓に激怒して断られます。

家康からはこんなものは許さぬと言われ、秀頼達からはどうにかしろと迫られ、清韓からは書き直しを断られて進退窮まった且元はお上様。詰まりは茶々に相談する事にします。
茶々は今や大阪城の要と言われるまでに政治的にも確固たる地位を確立し、お上様と言われるまでになっています。
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且元から相談を受けた茶々は「大仏開眼供養は秀頼殿の悲願、母としては何としても実現させてやりたいのです。駿府へ行って家康殿に会うて来ておくれ。直に話せばきっと分かってくれよう」と頼まれます。更に大蔵卿局が茶々の言葉に乗って「大御所様一人、説き伏せられなくていかが致します」と追い打ちを掛けられます。
且元は開眼供養について茶々から秀頼との取り成しを期待していたようですが、逆に追い立てられる事となりました。
且元は進退窮まった上に八方塞がりとなりました。
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結局、且元は駿河駿府城へ家康に銘文の件を弁解する為に向う事となりました。
先ず且元は正純と面会して事情を話しますが「断じて許せぬ」と正純にいきなり否定されます。清韓の意図は祝いのつもりであったことを話しますが「何が祝いじゃ、これは呪いじゃ」とこれは韻を踏んで返されます。「しからば君臣豊楽の豊臣の二文字はどうお考えになります」と自分達にも呪いを掛けたことになると返しますが正純は「豊臣の名は上下が逆になっておる。これは呪詛返しであろう」と小癪なことを言います。「逆さにすることで呪いを祝いに変えたのじゃ。どうだ、違うか」とこれまた韻を踏んで返してきます。ラッパー正純は意外と手強い相手です。これに演歌しか聴かない且元は襲い来る胃痛に腹を押さえながらも「そもそも、なぜ鐘が出来てから言われるのか」とラップだってそんなに売れてないだろうと反撃を試みますが「信じておったからではないか、一度目の草案を見せられ大御所様はそれに対し思うところを述べられた。後は其方等を信じ任せたのじゃ。大御所様のご信用を裏切りおって」そう言うと畳を扇子で畳を叩くと「これは豊臣が仕掛けた徳川に対する重大な侮辱じゃ」そう言って立ち上がると「断じて許す訳にはいかん」と言い捨て部屋から出て行ってしまいます。

正純殿は意外と足がはやいですなぁ

正純殿は意外と足がはやいですなぁ


且元は後ろから追い縋ろうと「大御所様に御目通りを」と呼び止めようとしますが正純は構わずに出て行ってしまいました。どうやら正純は痛いところを突かれると逆切れをして家に帰るタイプの人間であるようです。元々、徳川側からしたら銘文の件は言い掛かりに過ぎないので且元が理を説いても無駄であるということが改めて証明された格好です。
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しかし且元はこの点を理解していませんでした。
「なんとか大御所様にお会いして誤解を説こうと思ったが、ひとつき粘ってもお目通りは叶わなんだ」と幸村に語ります。
仕方ないから無能者の其方に代わって私が来てやったわ

仕方ないから無能者の其方に代わって私が来てやったわ


仕方なく且元が駿府を引き揚げて大阪城へ向う途中、近江の土山で大蔵卿局と出くわします。
「では、あなたも駿府に居られたのか」と且元が大蔵卿局に問い掛けると「そちらの帰りが遅いのでお上様と相談して私が大御所様と直に話そうという事になったのです」と大きな鼻の穴を見せて言います。これに且元は「勝手なことをされては困りますな」と憤りますが「あなたが頼りないからでしょ」と相手も声を裏返して更に憤って返してきます。これに且元が圧倒されていると「とうとう私が出て行く羽目になりました」と大蔵卿局はお前が不甲斐ない為だぞと言わんがばかりの態度です。
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更に大蔵卿局は家康と面会する事の叶わなかった且元を「ひとつきも駿府で何をしておられたのですか」と糾弾した上で自分は家康と会えたばかりではなく、家康の口から「全ては無学の片桐且元が田舎坊主の言いなりになってしでかした事。いちいち騒ぎ立てるまでもなし」と聞いたと且元に突き付けて来ます。

どうしてもこのババアをギャフンと言わせたい

どうしてもこのババアをギャフンと言わせたい


これに且元は「話が違う。儂は本多正純殿から事を収める為の三か条を預かっておる」そう言うと三か条を述べます。

事を収める為の三か条
1.秀頼は大阪城を立ち退くこと
2.茶々を人質として関東に送ること
3.秀頼は諸大名と同じく江戸に参勤すること

ファー

ファー


これを聞いた大蔵卿局は「有り得ませぬ」と驚きますが且元は続けて「叶わぬ場合は徳川に対する異心有りとして豊臣を討ち滅ぼすと」と述べます。
これを聞いた大蔵卿局は唇を震わせて恐れ戦きます。

「実のところ本多殿はそこまでは言わなかった」

いや、まぁ満足はしたのでござるが

いや、まぁ満足はしたのでござるが


「どういう事です」と幸村が聞き返すと実のところ正純は逆心のないことを形で示せとだけ言っていただけで、事を収める為の三か条は帰り道で且元の考えた私案であったことを打ち明けます。
片桐殿のお気持ちは分かりますが・・・。

片桐殿のお気持ちは分かりますが・・・。


幸村は呆れながら「なぜ嘘を」と聞くと且元は答えようとしては止め言おうとしては止めというのを数度繰り返してから言いにくそうに「大蔵卿局があんまり憎らしゅうて」と打ち明けました。気持ちは良く分かります。

「ところが、その嘘のせいで更にとんでもないことに」

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大阪城に戻った且元は、秀頼と茶々の面前で大蔵卿局に「これはいかなる事か片桐殿。念のため本多殿に確かめた所、三か条のこと全く寝耳に水との事だそうな。話が違うではないか」と片桐を追及される事となります。
秀頼は困惑しながら「片桐、何故こういうことになったのか」と申し開きの機会を与えます。且元は両手を突くと「このままでは戦にもなりかねない。如何にすれば大御所様のお怒りを納めることが出来るか自分なりに考えたのが先の三か条でございました」と答えます。これに大蔵卿局は「あなたが考えたのですか」と驚いた様子を見せますが、茶々は且元に三か条の内容を確認してそんな事が「出来る訳がないではないか」と憤ると大蔵卿局は「大御所様は何も心配は要らぬとはっきり仰せられたのじゃ」と三か条が豊臣の貶めるものであると糾弾すると「そこが解せぬのです。ひょっとしたら何かの策では」と疑義を呈しますが、脇に控える治長が「策を弄したのは貴殿ではないのか、片桐殿」と言います。
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これに且元は「何を申される」と聞き返します。治長は「徳川からの命と偽り、三か条を我が殿に飲ませ奉り、それを手土産に徳川に召抱えられる手筈ではなかったのか」と片桐に疑いを投げ掛けます。「そのような事を儂がするとお思いか」とそれを否定しようとしますが、背後から大蔵卿局が「大体、ひとつきも駿府に居たのが疑わしい。その間に本多正純に言い包められたのでは」と言うと「馬鹿を申すな」と且元は激昂します。母との遣り取りを息子の治長は口元に僅かな笑みを浮べながら眺めます。
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ここで茶々が「まあまあ。私は且元をよう知っておる。この者はそのような事をする男ではありませんよ」と仲裁に入り且元が喜ぶ素振りを見せた所で「且元にはそのような策を立てる度胸も知恵もない。悪く聞こえたらあいすまぬ」と茶々は笑みを見せて言います。
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且元は呆然としますが茶々は構わずに続けて「良いではないか。大蔵卿の言う事に間違いがなければ、まずはめでたしじゃ」と事を収めようとします。ここで治長は「しかしながら鐘は造り直さねばならぬでしょう。大仏の開眼は日延べせねばなりません」と頭を下げて言うと秀頼は「それしかなさそうだな」と了承します。
治長は「この不始末の責めは負うて頂きますぞ片桐殿」と告げます。これに異議を唱える者は誰もいませんでした。

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「事は収まるかに見えた」と且元は言います。
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しかし且元を裏切り者と見做した治長達が暗殺を企みます。これは秀頼が調停しようとした向きもあったようですが最終的に且元は不忠者であるとして改易を決められてしまいます。こうして且元は大阪城の蔵米や金などの勘定の引き継ぎを済ませると弟の貞隆等と共に大坂城を玉造門より出て行く事となりました。
且元は「秀頼公の下を去るのは辛い。しかし儂が居る事で豊臣家の足並みが揃わなくなるのであれば答えは一つ」と言います。
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最後に大阪城を見上げて見えぬ秀頼公に一礼をした且元は傍に生える三成の植えた桃の木を眺め、初めは懐かしそうに見ていますがやがて泣き笑いの表情になり、やがて拳を握り締めて下を向くと肩を震わせます。
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こうして且元は大阪城を去る事となりました。

真田丸40話「幸村」感想つづきます。
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