真田丸感想40話「幸村」③幸村の誕生

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前回、且元が方広寺での一件の責任を取らされて大阪城から追われる事となりました。

「ところが、儂のその動きが更に事を悪い方へと転がしてしまった」
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且元の言葉に幸村は「更にですか・・・」と半ば呆れるように言います。
且元は秀頼公から追われる形となり徳川は取り次ぎ役が追放されたことが豊臣から突き付けられた手切れと見做しました。

家康は大阪攻めを決定します。

「儂は、一人で、戦の火種を作ってしまった・・・」且元はそう言いうと堪え切れずに涙を流し嘆きます。それを見た幸村は「ひょっとすると家康は始めから、こうなると見越していたのかもしれません」と言います。
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家康は慶長八年に征夷大将軍となり江戸に徳川幕府を開いています。徳川に臣下の礼を取らない唯一の大名は秀頼のみでした。
そして家康に秀頼を更に警戒させる出来事が起きます。秀頼が天然痘に掛かった時のことです。この時、家康の目を盗むようにして多くの秀吉恩顧の大名が秀頼の見舞いに訪れたと言います。この報告に家康は豊臣の威光が未だ残っていることに警戒感を抱きます。
家康は待ちの人物と言われていますが関が原の戦いから十数年の年月が流れているにも関わらず豊臣は自分達が上だと大阪に母と子で籠もっている。その上で家康自身も随分な高齢となっています。そして秀頼は若い。
家康は信心深い浄土宗の信者ですが、秀頼との会見の頃から念仏の書き写しを行うようになっています。書かれた南無阿弥陀仏の念仏の数は六万遍。
これは豊臣を滅ぼすと決めた家康の覚悟の表れです。
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従って、家康は豊臣を必ず滅ぼすと心に深く誓っています。一方の豊臣方は秀吉の威光は確かに桁外れなものであった為、残光も大きなものでした。しかし、それはやがて消え行くものに過ぎないという認識を持つことが出来ませんでした。
方広寺事件の事後処理に於いて秀頼の落ち度は且元に対して正当な評価を与えることが出来なかった事です。且元の私案の出し方は確かに責めを負うべきものでしたが、その三か条は正に家康が求めているものであり、豊臣が生き残る数少ない道であったのもまた確かであったからです。
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且元は「秀頼公は太閤殿下恩顧の大名達に書状を送り味方に付くように呼び掛けている。大阪城には徳川との一戦を望む牢人たちが続々と集まってきておる。明石殿もその一人」
明石は「関が原の一戦後、宇喜田様が捕らえられ、八丈島に流されてからは、この十数年。諸国を渡り歩いて居りました」と言います。
明石全登は関が原の戦いに於いて宇喜田隊八千を率いて福島正則と戦いますが、小早川秀明の裏切りによって敗走。宇喜田秀家が流罪となった全登はキリシタン大名でもあった為、同じくキリシタンであった黒田直之に匿われれるも、黒田直之の兄である黒田如水が亡くなり、跡継ぎである黒田長政がキリスト教を禁止した為に、次は柳川藩のキリシタン大名であった田中忠政を頼っていたと言われています。

「儂はもう大阪に戻ることは出来ぬ」
且元は改めて幸村に秀頼の味方となり大阪城に入る事を再び頼み込みますが、幸村は断ります。且元が理由を問い質すと「訳は三つ。まず私は大軍を率いて戦った事が有りませぬ。更に私は囚われの身。そして、私は戦がそれほど好きではないのです」と答えます。且元は「曲げて頼む」と食い下がりますが「今宵は久々に会えて嬉しゅうございました。真田左衛門佐は死んだ者とお思い下さい。御免」そう言うと幸村はその場から立ち去ります。
且元は幸村を呼び止めることが出来ませんでした。
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幸村が自分の屋敷に戻ると既に火は消えています。誰も残らぬ所の縁側に幸村は腰掛け、僅かに生じた熱を冷まそうとしていると足音が響きます。幸村が「まだ起きていたのか」と声を掛けると、きりが「誰と会っていたの」と聞いて幸村に歩み寄り「宇喜田秀家様の家来に似ていた。明石様だっけ、ガラシャ様の所で何度かお見掛けしたことが・・・」と言います。
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幸村はきりを窺うように見て「間もなく戦が始まる。徳川が大阪城に攻め掛かる。大戦だ。豊臣に加勢して欲しいと頼まれた」と答えるときりは暫くの沈黙を挟み「いつかこんな日が来るような気がしていた」と口を引き結びます。
きりが不安そうに「行くの」と聞くと幸村は僅かな笑顔を浮べると「断った・・・。行きたいと思った。だが今の私には、もっと大事なものがある」と答えますが、きりは不満そうに「お行きなさいよ」と言います。幸村がその言葉に驚き「止めるのかと思った」と口にすると「どうして」ときりが聞きます。幸村は「向こうには淀の方様がいる。前に言ってたな。あの方は人を不幸にすると」と答えるときりは言います。「でも、貴方は行きたいと思っている。だったら行くしかないでしょう」と幸村の心を見透かします。これに幸村は視線をきりから外すと考え込みます。きりは「貴方に来て欲しいと思っている人がいるんでしょ。助けを求めている人達がいるんでしょ。だったら」「私に何が出来ると言うのだ」「そんなのやってみないと分からない」「大軍を率いて敵と戦ったことなどない」二人の間に沈黙が流れますが、きりから口を開き「真田安房守昌幸。徳川と二度戦って二度勝った男。貴方にはその血が流れている」と詠うような調子で言います。幸村は自嘲するように「誰も私には付いて来ない」と下を見ますが、きりは幸村を鼓舞するように「真田源次郎は安房守の息子。戦上手に決まってる。この人に従っておけば間違いない。誰も疑わないわ。殆ど戦に出た事がないなんて。後はハッタリよ」と言うと、最後の言葉に幸村は笑い声を漏らします。
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きりは幸村の隣に腰を下ろすと「ここで一生を終えたいの。それで良いの。貴方は何の為に生まれて来たの」と真意を問い掛けますが「私は幸せなんだ。ここでの暮らしが」と幸村が胸の内を誤魔化そうとすると「あなたの幸せなんて聞いてない。そんなの関わりない」と言い、その言葉に幸村は横目できりを見ますが向き合うことが出来ずにいると「大事なのは誰かが貴方を求めているという事」ときりは真っ直ぐ幸村の横顔を見詰めて言います。幸村が尚もきりに向き合えないままでいると「今まで何をして来たの。小県に居る頃は父親に振り回されて、大阪に来てからは太閤殿下に振り回されて・・・」「振り回されていた訳ではない。自分なりに色々と考え力を尽くして来た」と幸村が取り繕いますが「何を残したの。真田源次郎がこの世に生きたという証を何か一つでも残してきた」きりの言葉に幸村はきりと向き合いますが、長くは持たせることが出来ません。更にきりは「聚楽弟の咎人、とうとう見つからなかったよね。沼田を巡って談判はしたけど、最後は北条に取られちゃった。氏政様を説き伏せに小田原城に忍び込んだみたいだけど、氏政様がお城を明け渡したのは貴方の力ではないですから。後から会いに行った何とか官兵衛様のお手柄ですから。何もしてないじゃない。何の役にも立ってない。誰の為にもなってない」と事実を突き付けると「うるさい」そう言って幸村は堪りかねたように立ち上がり逃げようとしますが、きりは追いかけて幸村の背中から語りかけます。「私が大好きだった源次郎様は何処へ行ったの。がむしゃらで向こう見ずで、やんちゃで、賢くて、明るくて、度胸があって、きらきらしていた。真田家の次男坊はどこへ行ったのよ。私が胸を焦がして、大阪まで付いて行ったあの時の源次郎様は」「うっとうしいんだよ。お前は」「分かってるわよそんな事」「何か良いこと言ったような気になっていたら大間違いだからな。思い上がるな。お前の言ったこと位はな。とっくに自分で問い掛けて居るわ」幸村は感情を抑え切れずに言い返します。
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気付けば幸村の顔に涙の跡が見えます。それを見たきりは荒く幾度か呼吸を繰り返し言葉をいくつか飲み込んだ後に「もう言わない。二度と」きりは怒りを滲ませて幸村を睨み唇を震わせて逃げるように足早に立ち去ろうとすると幸村は「きり」そう言って呼び止めます。きりは振り返らないままに立ち止まります。「だが、自分で問い掛けるよりも、お前に言って貰う方が、よほど心に染みた」そう幸村が言葉を掛けるときりは顔をくしゃくしゃにします。幸村は振り向けないままでいるきりに何度か躊躇いながら「礼を言う」と言います。きりは涙を瞳に溜めたまま振り返ります。

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やがて月を覆っていた雲は流れ去り、三日月は再び静かな輝きが放たれます。

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幸村は一人自室で庭を眺め昔のことを思い起こします。
頭の中に秀吉が死の直前に鳴らしていたベルの音が響きます。
秀吉と出会った時の事。秀吉と共に過ごした日々、晩年の秀吉が死を恐れながら、秀頼の事を頼むと繰り返したこと。
ベルが鳴ります。
茶々との出会い、そして茶々の言った「そして私達は同じ日に死ぬの」という言葉。
ベルが鳴ります。
三成と景勝が家康を倒す決意を固めたこと。
秀家が己の生きる意味を語ったこと。
氏政が機会を得られずに終わった無念。
政宗が語る夢。
利休が己の死を宿命と受け入れたこと。
昌幸の野望と託された願い、諦めぬ姿。
ベルが鳴ります。
祖母であるとりが遺した己の宿命に気付くかどうかだという言葉。
ベルは鳴り続けます。
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翌朝、幸村は自分に関わりの深い言葉を書き出します。
それが終わった後に幸村は大助を呼び出すと現在の「源次郎」という名を改める事、一文字は真田家に受け継がれ、信之が捨てざるを得なかった「幸」にする事、残りの一文字は大助が壺の中から目を瞑り取り出した文字にする事。
幸村は大助に壺の中から一文字引けと命じます。

大助は「村」という文字を引きました。
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ここに日の本一の兵と呼ばれる事となる戦国時代最後の名将、真田幸村が生まれました。
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真田丸40話「幸村」感想おわり。
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