真田丸感想41話「入城」③真田家の脱出


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前回、真田家の跡継ぎが信吉と決まりました。

慶長十九年(1614)十月七日
九度山長兵衛の屋敷で村人をもてなす宴席が開かれます。大阪への支度金として黄金二百枚、銀三十貫目という今の金額なら十億円程度を支度金として与えられている幸村です。振る舞う酒もどぶろくではなく上等な日本酒である諸白です。幸村はこれを惜しむことなく振る舞います。

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そんな所へ浅野家臣、竹本義太夫が訪れると徳川より幸村の見張りを増やすお達しがあったと告げます。
しかし幸村は「某、ここを安住の地と考えております」と言うと義太夫は口を真一文字にして目を見開かせて驚くと、既に酒の入った長兵衛が「この方達に限ってそのような事は、ははははっ」と陽気に庇ってくれます。そんなやりとりの後ろからは縁戚の賑やかな笑い声が響きます。長兵衛が義太夫にも宴席への参加を促すと、こういった酒が嫌いではないのか「頂いていくとしようか」答えます。
長兵衛が義太夫を宴会の席に案内します。外の見張りの兵士たちはきりと春が宴席への参加を促し、兵士たちは初めこそ断ろうとしますが、きりが「どうぞどうぞ竹本様もお飲みですよ」と背中を押すと履いている草鞋も脱がされて宴席に参加してしまうのでした。

真田忍法サウンドオブミュージック風脱出の術

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そうして皆の前で真田家の者達は雁金踊りを披露します。初めこそ見る側に居た幸村も途中で興が乗った風情で踊りの輪に加わります。そうして一人ずつ踊りの流れに沿って舞台裏へと消えて行きます。内記が去った所で長兵衛は違和感に気付いたようですが、踊りの見物を続けます。
最後に幸村が舞台袖に消えると、今度は義太夫が自分も舞おうと言うと「その前にもう一杯」と酒を自分の器に注ごうとしますが既に空となっており、幸村の酒瓶を取って注ぐと一口に飲み干そうとして口に含んで気が付きます。幸村が飲んでいたのは諸白ではなく米の研ぎ汁でした。
義太夫は急ぎ幸村を追い掛けようとすると長兵衛が「村外れの森に寂れた寺がある。落ち合うとすればあそこです」と助言します。義太夫はこの言葉を信じて追い掛けます。
オッス!おら九兵衛!!

オッス!おら九兵衛!!


幸村は村外れの廃屋に集まると、屋敷に九兵衛と言う村の者が自分も連れて行ってくれとやって来ます。内記が「若、いかが致します」と幸村に決断を促すと幸村は迷います。
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その頃、義太夫たちは村人たちを引き連れて廃寺の周りを取り囲み、義太夫の「踏み込むぞ」の言葉を合図として一斉に踏み込みます。
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しかし廃寺の中には誰もいません。義太夫は「どういう事じゃ」と途方に暮れますが、長兵衛は「お~、ここでは無かったか~」と間延びした声で残念がります。これに義太夫が「寺と申しておったではないか」と激昂して詰め寄りますが「何しろ、ここは高野山。寺は山ほどございますでな」と惚けます。
同じころ幸村は九兵衛の言葉を信じようと仲間に加えることを決断して山を下りるのでした。

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幸村が九度山を脱出した知らせは直ぐに駿府の家康に知らされます。
驚く家康を正純は「真田と言っても息子の方でございます。さほど恐れることはないかと」と杞憂であると言いますが「侮るな。真田安房守の息子だぞ」と家康は正純の油断を嗜めますが正純は「戦の腕は殆どないと思われますが」「名は何と言ったかのう」と家康は正純の言葉を遮って聞くと「いや、ですから、真田左衛門佐でございます」と答えます。「左衛門佐がどれだけ力を持っておるかはどうでも良い。大事なのは奴の父親が真田安房守の息子だという事。安房守の勇猛振りは未だに語り継がれておる」と心配します。「確かに、上田城で二度に渡り我が徳川の軍勢を討ち破った男として知らぬ者は居りませぬからな」と頷きますが、これは家康の癇に障ったらしく横目で正純を睨み、これに気付いた正純は「失礼致しました」と謝ります。家康は「その息子が大坂方に加わる事でどれだ敵の士気が上がるか。戦とはそういった事に左右されるものなのじゃ。奴だけはどうしても大阪城に入れとうない」と不安を隠さずに言うと、正純は「まだ手はございます」そう言うと伊賀の服部半蔵を幸村暗殺に差し向ける事となります。

真田丸41話「入城」感想つづきます
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