真田丸感想43話「軍議」③幸村の献策


2016-11-03-23-55-30

前回、其々の思惑を胸に軍議の準備が整いました。

いよいよ軍議が開かれます。
軍議は秀頼と修理、木村長門守重成 大阪城五人衆と織田有楽斎が参加します。
先ず修理が「先月の二十三日、家康が京に入り申した。一方、秀忠率いる五万の本文が江戸を出立。徳川傘下の東国の大名達も続々と此方へ向っている所でござる。敵方は少なくとも凡そ二十万」と豊臣方の状況を説明します。又兵衛は「相手にとって不足なし」と言うと有楽斎が「天下の豪傑、後藤又兵衛から頼もしいお言葉が出ましたぞ」と喜びますが修理は「さて、その徳川勢をどう向え討つか、木村長門守」と発言を促すと重成が「ここは戦の定石通り籠城で参ろうと思います。倍以上の敵に野原で真っ向から打つかっても勝ち目はございませぬ。城に籠もって戦うのが一番と考えます」と考えを述べると修理は「五人衆。ご異存はございませぬか」と聞きます。これに又兵衛と盛親、全登が「承知」と受け入れを表明をするも「不承知にございます」と唯一人幸村が反対します。これに秀頼や修理、有楽斎と重成は息を呑んで幸村を見守ります。幸村は「そもそも籠城とは援軍が来る迄の時を稼ぐもの。此度の戦に援軍は居りませぬ」と反対した理由を述べると秀頼は「では左衛門佐はどうすれば良いと思うのか」と打開策を求めると「ここは討って出るべきでしょう」と提案すると秀頼は「討って出る・・・」と言葉を濁し又兵衛は「馬鹿な。正面から打つかって勝てる訳が無い」と貶しますが幸村は「正面からぶつかるとは申して居らぬ」と反論すると又兵衛が「討って出ると言うたではないか」と噛み付きます。
2016-11-04-00-31-00
有楽斎は「まあまあご両人。我等は味方同士。敵は徳川でございますぞ」と感情的になりそうな二人を仲裁します。これに幸村から「ご無礼致しました」と折れると又兵衛も頭を下げますが、頭を上げて幸村を見る視線は依然として鋭いままです。幸村がその視線を正面から受け止めていると修理が「大阪城は太閤殿下がお造りになられた難攻不落の城。敢て其処から出て戦う意味が分りませぬ」と流れを読んで籠城戦へ導こうと畳み掛けようとしますが幸村は「戦を城からなるべく離し、大阪、京、伏見、大津、上方全てを戦場とする事で徳川を分断。敵の力を削いで行きます」と構想の一端を語ると有楽斎は「話としては面白いが・・・」と言葉を濁しますが修理は「京の町に攻め入ると申されるか」と問い質そうとすると幸村は「京の町には家康がいます」と理由を答えます。修理は「由緒ある神社仏閣を左衛門佐殿は灰にするお積りか」と正面からの指摘を避けると幸村は「勝つためでござる」と勝つ為には必要なものであれば仕方ないと反論すると、誰も言い返せなくなります。有楽斎は苦し紛れに「籠城で良いのではないか」と根拠もなく籠城へと話を進めようとしますが、これに幸村は「では、一体いつまで城に籠もられるお積りですか」と聞きます。
2016-11-04-00-37-31
修理は「この城ならば二年でも三年でも籠もる事は出来申す」と答えると幸村は「それだけの兵糧がここには有りますか」と追求すると修理は「ござる」と答え「その先は」と更に追及すると今度は有楽斎が「そうこうする内に家康が死ぬ。それを待つ」と改めて根拠の無い理由によって籠城戦を推し進めようとすると幸村は信じられないものを見る目で眺めると又兵衛が「こうしよう。先ず城の四方を俺とお前(勝永)、それとあんた等で其々固め向ってくる敵を蹴散らす。どうだ」と述べると盛親は頷き、全登も反論は無いようです。有楽斎は「なるほど、妙案でござるな」と同意します。修理と重長は機を逃さず秀頼に向き直ると「殿。ご裁断を」と決断を促します。それを見た幸村は立ち上がると「そういう事ならば私は引き下がらせて頂こう。考え抜いた策を禄に吟味もせずに退けられたのではやる気も起きませぬ。九度山に帰ることに致す。御免」途中で修理が「お待ちを」といったのも聞かずに言い切ると席を立ってしまいます。
2016-11-03-23-57-47
内記と大助の居る部屋へ戻った幸村は状況を話すと自分の腕枕で寝転びます。内記は「源次郎様もやりますなぁ」と感嘆します。幸村は寝転んだまま「父上ならどうするかと考えた」と答えると内記は大助に向って「よう覚えておきなされ。はったりは真田の家風でござるぞ」と教えます。大助が「はったり・・・」と答えると、教育の為ならばと幸村は起き上がり「はったりではない。これは立派な策だ。直に誰かが迎えに来る」と訂正すると、近付く足音に気付いた内記が小声で「案の定でございます」と教えると幸村は急いで寝転がります。
2016-11-03-23-58-25
そのすぐ後に「木村長門守でござる」と廊下に重成が迎えに来ます。内記と大助は互いに示し合わせて話の邪魔にならないように部屋を出て行きます。
二人が出て行った後、寝転んだままの幸村に「左衛門佐殿、軍議に戻って頂けませぬか、秀頼公がお待ちです。もう少し詳しく聞きたいと仰せでございます」とお伺いを立てます。幸村は起き上がると「あなたはどう思われた。私の策について」と聞きます。重成は「私は、籠城こそが唯一の道と思っております。倍以上の敵を向え討つ時は籠城が最も相応しいというのが定石で御座います」と答えると幸村は「その定石を敵も知っている。だからこそ、裏を掻く意味があるのでは」と重ねて問い掛けます。重成はこの問いに「それは・・・」と言い淀み答えることが出来ませんでした。
2016-11-03-23-58-54
軍議に戻った幸村は図面を広げて策の説明をします。

幸村の考える策

二方面同時攻略を行う
2016-11-03-23-59-20
第一部隊
・家康は京の二条城にいる
・伏見城を攻略する
・攻略した伏見城を出城として使う
・伏見城から二条城を攻めて秀忠到着前に家康の首を取る
2016-11-04-00-01-24
第二部隊
・大津を占拠して近江を占領する
・占領後に瀬田と宇治の橋を落とす
・徳川本軍の行く手を塞ぐ
2016-11-04-00-02-01
期待できる効果
・徳川方にいる豊臣恩顧の大名達から離反する者が出る
・家康の首を取れば伊達と上杉に背後から襲わせる事が出来る
2016-11-04-00-31-47
献策をした幸村は「負ける気が致しません」と述べます。
これを聞いた秀頼が「伊達や上杉が味方をしてくれるか」と困惑しながら聞くと「家康の首を取れば必ず」と幸村は答えます。

これは実際に家康が恐れているものを見事に掴んだ策であると思います。家康が秀頼を滅ぼすと決めたのは秀頼が凡庸ではなかったこと、その為に家康亡き後に豊臣方に付く大名が増えることで再び天下を二分する可能性がある為であるからに他ならないからです。家康の首を取れば策の通りに進む可能性は十分にあると思えます。
と、言うより豊臣方の置かれた状況で籠城戦をする意味がありません。
籠城で勝つ為の条件は下記の二つだけです。
・援軍の到着を待って挟み撃ちにする
・攻城側に止むを得ぬ理由が出来て撤退する
(例、兵糧切れ、裏切りなどにより本拠地を襲われる可能性が出て来た等)
また、修理が二年から三年籠もれる兵糧があると述べていましたが、嘗て毛利元就が月山富田城を二年近い兵糧攻めを行ってます。家康がその気になればそれ以上の兵糧攻めが可能でしょう。そうなると籠城戦を行って一時的に徳川が撤退する勝利が有ったとしても後に準備を整えて再び徳川が攻めてきたら滅ぼされます。従って籠城で豊臣が生き残る可能性はありません。
そう考えると幸村の策は豊臣が勝利する唯一の可能性であったのではないかとも思えます。
2016-11-04-00-02-42
幸村の策を聞いた有楽斎は「流石は戦上手の真田殿じゃ」と言いますが、修理は「方々、如何で御座ろう。後藤殿」と反対派の急先鋒である又兵衛に意見を求めます。又兵衛は首を一つ傾げた後に「一つの策ではあるな。しかし、ここはやはり籠城だ」と意見を述べます。「訳を伺いたい」と幸村が勝永を間に挟んで又兵衛に聞くと小さくため息を一つ吐くと「話が大き過ぎて付いて行けない」と言うと「説明が足りぬのならば、いくらでもお話致す」と返します。修理はこの状況を見て分が悪いと察すると「他の方々は、長宗我部殿」と別の者に聞くと「籠城が宜しいかと」と答え、全登にも同様に聞くと幸村を一瞬見やってから「右に同じ」と盛親に続きます。
2016-11-04-00-03-23
これらを幸村は目を丸くして見ると有楽斎が「やはり籠城のようですな」と籠城戦を行うことに決しそうになると「待った」と勝永が声を掛け「俺は左衛門佐の策に乗る。話が大き過ぎて、俺は其処が気に入った」と幸村に策に乗ると言います。
2016-11-04-00-28-53
修理はここで秀頼に「如何致します」と裁定を仰ぐと、秀頼は判断が付きかねず「もう少し話し合うてみたい」と話し合いの続行を決めます。
又兵衛はうんざりした様に背を向けると、有楽斎が「暫し休憩としませぬか」と提案を行うと、これは受け入れられ、間に休憩を挟む事となりました。

真田丸43話「軍議」感想つづく
真田丸感想一覧