真田丸44話「築城」③信之の手廻し

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前回、幸村はようやく出城の築城に取り掛かり始めることが出来ました。

京の二条城では秀忠が急ぎ江戸から急ぎ駆け付け家康と合流を果します。
家康は「随分と早かったのう。何故かように急いで参った」と秀忠に聞きます。その秀忠の後ろに控える正信は先が読めているのか苦い顔をしてその問いを聞いています。
秀忠は「父上が戦支度を整えていると伺い関が原の二の舞とならぬよう急いで・・・」「考えが浅い」と秀忠が答え終わらぬうちに家康が叱責します。後ろの正信はやはりなという顔でいます。「其方は将軍ぞ、焦らずゆっくりと進軍してこそ徳川の大きさを世に知らしめる事が出来るのだ。この戦、急いで片を付ける必要が何処に有る」と言って秀忠を睨むと「いつまでも関が原を引き摺るな」と一喝します。秀忠が「申し訳ございませぬ」と頭を下げると次は正信に家康の矛先が向かいます。「正信、お主が付いて居りながら何だ。この体たらくは」と責めると正信は肩をすくめて「至りませなんだ」と悪く思っているのか思っていないのかよく分からない返答をすると、正純は横目で家康の様子を伺います。家康は「熱い」と言って火鉢を自分の体から遠ざけます。
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実際に秀忠は関が原の汚名を気にしていたようで、江戸を出発してから伏見に到着するまで凡そ四百六十キロの道のりを僅か十七日間で到着しています。その速さは途中で供の者達を置き去りに駆け抜け清水に着いた時には騎馬三十四人と徒士は二百四十人程しかいなかったという早さです。出発時の兵の総数が六万だったので如何に無茶な進軍であったのかが伺えます。そのため当たり前ですが兵士達は進軍に疲れ切ってしまい戦える状態ではなかったといいます。幸村の策が採用されていれば疲れきった秀忠を倒すのに絶好の機会だったことを考えると、籠城になった事が今更ながらに悔やまれます。
その後、家康の命を受けて全国から続々と大名達の軍勢が集まります。その数凡そ三十万。
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徳川に従軍する真田の陣まで残り僅かという所にある宿に信之の命を受けた松も到着します。しかし、戦支度が始まっている中に女人が陣を訪れるのは難しく、松の供として付いて来た綱家も頭を悩ませ、自分一人なら何とかなると信之の命を聞き出そうとしますが、松は「誰にも漏らすなときつく言われているのです」と言い頑として譲りません。
そんな八方塞がりとなった所に外から舞いの稽古に励む旅の一座の声が聞こえます。

「丹田に力を込めて、シェー!!」

「丹田に力を込めて、シェー!!」


松は声の元を辿って外に出てみると嘗て記憶を無くしていた時に世話になっていた一座の姿を見つけ「座頭」と呼び掛けて一座の元へ駆け寄ります。
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座頭は「誰だい」と知らぬ風ですが「私です。藤です」と名乗ると「知らないね」とやはり知らない様子です。尚も松が「昔、座頭に拾って頂いて一緒に踊っていた藤ですよ」と懸命に名乗ると「まるで覚えがない」と素気無い返事に松が嘆いていると「それ、ひょっとしたら先代の事かも。そう言えば思い出したわ。昔、先代が拾って来た踊りの下手な女子がいて実は何処かの大名の娘か何かで・・・」と思い出すと「私のことです」と松が名乗りを上げると座頭は顔を引き攣らせて笑い「幼心に何となく覚えているわ」とどう見ても松より年上に見える座頭自身は松のことを思い出したようです。
松はこれから徳川の陣を回り舞いを披露する座頭の一座に紛れ込んで真田の陣へ入り込む事になりました。
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徳川の陣に潜り込んで真田の陣を訪れた松は信之からの命を信吉と信政の両名に伝えます。
「あなた方の叔父上が敵方にいます。源三郎は言いました。決して真田同士で刃を向け合ってはならぬと、どのような事があろうと身内同士で争う事は避けねばなりません。戦が始まったら真田勢は出来るだけ後ろの方に控えじっとしていること。それがあなた方の父上の命です」そう言うと松は信之の命が子細に書かれた文を信吉に渡します。
戦で戦功を上げる積りであった信政は「嫌でございます」とこれを拒もうとしますが三十郎と茂誠に諌められ、信吉も命に従うと述べると。信政は悔しさを抑え切れずにその場を立ち出て行ってしまいます。その後を三十郎は追いかけ、茂誠は仕方ないという思いと幸村と刃を交えなくて済んだことに安堵の混ざった表情を浮かべ、兄弟の気持ちの分かる信吉は沈黙します。
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その頃、信之もまた思い悩み縁側で独白するかのように「思えば儂の人生はずっと耐える毎日だった。十四年前の戦で儂だけは徳川に付き、父上と弟は豊臣に付いた。断腸の思いだった。戦は徳川の勝利。儂は九万五千石の大名となった。嬉しいことは一つもなかった。妻に内緒で九度山の父達に仕送りを続けた。再び戦が始まろうとしている。今度は息子たちと弟が戦おうとしている。いつになったら儂の心は安らぐのか」と胸の内を漏らします。後ろで書き物をしながらそれを聞いていた通は感に入った様子を見せて「えろう辛かったんどすねえ」と同情します。信之は通に向き直ると「儂は、決して人前でこのようなことは言わぬ。不思議じゃ。其方といると何でも話しとうなる」とこれまたベタな口説きとも取れる事を言うと、通には入るようで「どうぞ、気兼ねせんと話しとくれやす」と答えると信之は「迷惑ではないか」と改めて聞き、それに通は首を横に振って「お聞きする事しか出来しまへんけど、それで貴方様のお心が休まるのなら」そう言って信之の近くで焚いている香に追加の角割を付け足しながら「腕の痺れは、きっと、お心がくたびれて居られる。通が治してさしあげます」と言います。信之は感極まったように「其方がこちらへ来てくれて助かった」と改めて礼を述べると「京は戦場になるかもしれぬとお呼び下されたのは貴方様です」と返します。信之は「何か不都合は無いか」と聞くと通は「住めば都でございます」と答えます。この言葉に信之は嬉しそうに小さく何度も頷くのでした。
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信之は徳川家臣としての役割と徳川に刃向かう幸村の兄としての役割を同時にこなすという離れ業を行っています。これには徳川四天王である本多忠勝の娘であり徳川家康の義理の娘である稲という手助けがあったとしても、やはり信之が心に変調を来たすのも無理はないように思います。
通は信之の心の拠り所といった風情であり、正に信之の求める者であるようです。これなら本来であれば幸村へ送る筈だった仕送り品を信州名物そばに代えて浮いた分を通に使って頑張って口説いた甲斐もあったというものです。お陰で大助もいまいち元気の無い子供に育ちました。
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信之は自分の屋敷に戻ると渡り廊下で遠目に稲を見つけると、一瞬だけ立ち止まり心を落ち着けてから行き違う稲に「いま城から戻った」と告げます。「お帰りなさいませ」と迎えた稲は信之の通り過ぎた後の残り香に異変を感じ、その背中を眺めます。

真田丸44話「築城」感想つづく
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