真田丸感想49話「前夜」⑤戦が始まる

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慶長二十年四月二十九日樫井
徳川方兵紀伊藩の浅野家家臣である亀田高綱と豊臣方は団右衛門と岡部則綱との間で戦闘が始まろうとしています。
団右衛門は自らの名が書かれた札を手に持ち「儂は大名になる。なってみせる」そう言うと札を握り締めます。一番槍を競い団右衛門と岡部則綱は先を争って徳川方に掛って行きますが、その為に隊から突出してしまった団右衛門を迎え撃つ浅野勢の鉄砲隊が放った銃弾が命中、団右衛門は札と共に自らの命も落とします。
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この時、修理は浅野軍の背後で一揆を起こさせて浅野軍を挟撃しようとしていました。しかし一揆の指揮を執らせる為に送っていた修理の部下は浅野に捕らえられており失敗に終わっています。
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塙団右衛門、出自に関しては不明な点が多く出身地も定かではありません。織田信長に仕えるも酒癖が悪く、その為に人を殺して追放処分となったという説も有れば、北条氏に仕えていたという説も有ります。しかし、多くの説は加藤嘉明に仕えることになる部分は一致しており、これは確証がありそうです。加藤嘉明に仕えた後は朝鮮戦役で武功を上げることで千石の知行を得る鉄砲大将に出世するも、関が原の戦いで命令違反を咎められて出奔。その後は小早川秀秋に仕えるもこちらは秀秋の死去により牢人となり、次は徳川家康の四男である松平忠吉に仕えますがこちらも関が原で負った傷が元で死去。再び牢人となり今度は福島正則に仕官。しかし、これは正則に団右衛門が仕官していることを知った加藤嘉明が奉公構を出しているとして正則に抗議したことで、またしても牢人となり、一時は鉄牛と名乗り仏門に入っていますが、帯刀したまま托鉢に回るなどしていた為に檀家からは不興を買っていたようです。そして関が原の戦いを切っ掛けに還俗して豊臣方に参加。大将である大野治房隊の預かりとなっていました。団右衛門の大名になりたいという気持ちは強く、大坂冬の陣で蜂須賀隊に夜襲を掛けた際には自らは腰を降ろして命令を下すだけに専念し、部下達に「夜討ちの大将 塙団右衛門直之」の木札をばら撒かせることで将帥の才覚があることを周囲に示そうとする等、当時、広報の重要さを知る稀有な人物でもありました。
樫井の戦いにて死去。
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団右衛門の死体は大坂城へと運び込まれ牢人五人衆が出迎えます。全登は祈りを捧げ、幸村達其々も団右衛門の死を悼みます。
そこへ茶々が現われます。幸村は「お上様」と言って驚きます。傍に付くきりが茶々に「参りましょう」と必死に止めようとしますが茶々は構わずに団右衛門の近くに歩みを進めます。茶々は半ば呆然とした様子で「何れは皆もこの男の横に並ぶのですか」と誰にでもなく聞きます。その言葉に周囲の皆は顔を上げます。幸村は周囲を見渡しきりに合図を送ると茶々に「いい加減にして下さい。お上様にうろうろされると士気が下がります」と言うと茶々を抱きかかえて強引に外へと連れ出します。
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その後、厨に五人衆と重成は集まると図面を広げて作戦を練り、その後ろでは与左衛門が見守ります。

幸村の想定 黄色:家康進軍ルート(奈良大和路) 赤:秀忠進軍ルート(東高野街道)

幸村の想定する家康進軍ルート
黄色:家康進軍ルート(奈良大和路) 赤:秀忠進軍ルート(東高野街道)

幸村は皆に「家康の本陣は奈良大和路を通って、生駒山南の隘路を抜け河内へ入る。先ずここで食い止める。道明寺」そう言うと道明寺を指差します。又兵衛は何度か頷くと「俺が行こう」と立候補します。幸村は頷くと「明石殿。後藤殿をお助け願いたい」と頼むと全登は了承します。
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そして「後詰として私と毛利殿」と言うと勝永も頷きます。又兵衛は「出来るだけゆっくり来てくれ。それまでに片付けて置くからよ」と言うと皆に僅かな笑顔が浮かびます。幸村は追加の指示として「長宗我部殿には、この八尾、若江を抑え東高野街道から来る秀忠の軍を食い止めて頂く」と指示を出すと盛親は「あい分った」と頷きます。幸村は「木村殿はそれを支える」と盛親の補佐を命じます。重成は「畏まりました」と答えます。
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最後に幸村は全員に「それでは各々、抜かりなく」と声を掛けるのでした。
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家康は秀忠と正純、正信で評定を行い家康は幸村達の作戦が報告される文を読み「道明寺と言うのは何処だ」と聞くと正純が地図の該当箇所を指し示します。家康は「後藤又兵衛が其処に入った。儂が大和路を進むと踏んだようだ。ならば儂は秀忠。お主と共にこちらを使おう。大和路はそうだのう・・・。伊達にでも任せるか」と配備を決めます。

実際の家康進軍ルート 黄色:伊達政宗進軍ルート(奈良大和路) 

実際の家康進軍ルート
黄色:伊達政宗進軍ルート(奈良大和路)赤色:家康、秀忠進軍ルート(東高野街道)

そして家康は眠ったままの正信に「佐渡、そなたはもう帰れ」と言うと、正信は目を覚まします。正純も「父上、あとは私が」と後を引き受けようとすると正信は未だ眠そうにしながら「後藤又兵衛が気になりますな。今の内に潰してしまいましょう」と言うと、家康はようやく目を覚ましたかと半分笑いながら「如何致す」と聞くと、正信はようやく目を開き「調略」と答えます。
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平野の又兵衛の陣に徳川から寝返りを促す使者が訪れますが又兵衛はそれを断ります。
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又兵衛が寝返りを拒んだ報告を使者が行うと、正信は頷き「ご苦労じゃった。それで良い」と言います。一同が調略が失敗したことの何が良いのか分らず。秀忠に至ってはそれ見た事かと笑いを堪えていると「直ちに又兵衛が徳川の使者と会うたことを豊臣の陣に広めよ。調略に乗ったと噂を流せ」と正純に命じます。これで正純は正信の目的を理解すると「畏まりました」と了承します。続けて正信は「又兵衛はその噂を消すことに必死になる。後は戦で手柄を立てるしかない。大将が焦れば陣は乱れる。はい。これにて又兵衛の命運は尽き申した」と続きの深遠を語ります。これに家康は満足そうな表情を浮かべて頷きます。
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家康は景勝と二人で酒を飲みます。
家康は「長い付き合いだのう。上杉殿」そう言って景勝に酌をすると「左様ですな」と景勝は答え注がれた酒に口を付けます。家康は「北条の隠居も真田安房守も死んでしもうた。後は我等だけ」と感慨深そうに言うと杯を僅かに景勝を指し示すように動かすと「生き残ったな」と笑います。景勝は考え込みます。家康は構わずに「今の儂があるのは太閤殿下のお陰じゃ」と語ります。この言葉に景勝は顔を上げて家康を黙って見ます。「しかし、儂は豊臣を滅ぼす。秀頼公があそこに居っては徳川の為にならんのじゃ。其れ故の戦と思うてくれ」家康はそう言って景勝に頼みます。景勝は「何故、某にお話になる」と聞きます。家康は「お主には分って欲しかったのじゃ」と戦に手加減せぬように言いますが「お心内にやましさがあるからでは」と聞き返します。これに家康は表情を変えず「何を申す」と誤魔化しますが景勝は「この戦に大儀が無いことが気になるからでは御座らぬか」と家康の心の内を見抜きます。家康は小さく何度か頷くと幾つかの言葉を発し掛けますが何を言っても無駄だと悟り飲み込むと「この話はやめよう」そう言うと杯を卓に置きます。景勝は少しの間、考え込むと「先の戦で真田源次郎の姿を見ました」と話題を変えます。家康は「真田・・・」と苦い記憶の蘇る名前を繰り返します。景勝は「あの男は儂がそう有りたいと思っていた人生を生きておる」そう言うと家康は不愉快そうに「親子二代で楯突きおって。まだ儂を苦しめおる」と悔しそうに最大級の賛辞を述べると景勝は家康に酌をします。家康は「真田めが・・・」そう言うと苦そうに杯の酒を飲み干すのでした。

真田丸49話「前夜」感想つづく
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