真田丸感想 あとがき


ようやく真田丸感想が終わりました。
中途半端な19話から感想を書き始めた挙げ句に、これって感想というか書き起こしではないかという指摘には自分自身でも気付いており、まぁ「悲しい笑い」が見たものを書き起こしているので、そこには自ずから悲しい笑いというフィルタが掛かって居りまして、これを感想と捉えて頂ければ幸いです。
ようやく真田丸感想が終わりました。
中途半端な19話から感想を書き始めた挙げ句に、これって感想というか書き起こしではないかという指摘には自分自身でも気付いており、まぁ「悲しい笑い」が見たものを書き起こしているので、そこには自ずから悲しい笑いというフィルタが掛かって居りまして、これを感想と捉えて頂ければ幸いという事で書き続けて来ました。

そもそも何でこんなものを始めたかと言えば19話の茶々を演じる竹内結子の演技に魅せられたからだろうなぁと思います。
それまでの人の生き死にが関わっているにも関わらず小悪魔的な振る舞いを続ける茶々に当初戸惑ったものですが、その背景のようなものが見えた事で奥行きのようなものが出来てことに触発されてというのが一番の理由であったと思います。

次に挙げられる理由としては、二回目の更新の時に今までうんともすんとも言わなかった、世界中で自分一人しか見ていないのではないだろうか?という程に反応のなかったTwitterから初めて反響を貰えた上に、まとめサイトにもいつの間にか取り上げて貰ったことで、すっかり気を良くしたというのも大きかった気がします。
その嬉しさでTwitterで紹介して頂いた方をフォローした上に御礼まで伝えた所、思いっきり引かれてしまい、そうだよね。うん、まぁ、自分も同じことされたら引くと思います。ということでそっとフォローを外したのも今となっては良い思い出です(因みにその方からのフォローは返って来ていない所だけでも察する所があります)

途中で面倒臭いから、更新を止めてしまおうと思った事も数限りなくありましたが真田丸のページを訪問して一度に何十ページと見て行ってくれる方や、継続的に来てくれる方のログを見て、こんなサイトでも見に来てくれている人がいるのは有り難いなのか何も更新出来ていない状態で申し訳ないなのか、まぁ主には負のエネルギーによって走り続けていたような気もします。

正直、最終回までは次の回が始まる前日になっても前の週の感想が終わっておらず徹夜して書いたりとしんどい事も多かったので同じことを二度とやる気はありませんが、自分の成長のようなものが実感する事が出来、併せてそれに対する反応も得られるという(今まで考えられない数の方が当サイトに来てくれた)自分にとってはとても幸運な環境でした。きっと書き込まれていないだけで批判もあったとは思うのですが世界の片隅にだんごむしの如く存在している小さなサイトなので、きっと優しく見守って頂けたか路傍の石が如く無視されたのだろうと理解しております。

最後の最終回は全部で13回に分けて更新、番外編2回と随分と更新したなぁとおもいますが最終回から10ヶ月程の年月が経過しているので、自分は「真田丸」というドラマを随分と長く楽しませて貰ったと思います。

また、大坂の役に参加した武将たちは紹介し切れていない程の多くのドラマを抱えて挑んでいます。特に信之はこれからが本番とも言える戦いが待っていたりるするのでこの辺りは時間があれば何れ何か書いてみたいなぁ等とも思っています。
信之は幕府とそつのないやりとりをしながら、弟との手紙を長持ちに隠し持ちますが、でも自宅に人を泊めた時には、これらを内緒で見せたりということを密かに見せて弟自慢をしていたらしいので、こういった兄としての信之が特に好きだったりします。

そして真田丸というドラマの魅力とは、敗者の美学とでも言うべきものであったのではないかと考えています。

幸村の人生は、幼少の頃は人質として、大坂に入ってからは官僚として、関ヶ原の戦い以降は閉じこめられ、最後になって初めて武将として戦うことが出来ました。
幸村が家康の陣へ攻め入る姿を見た島津の者は報告の文書を送る際に「日の元一の兵」と称した程の気迫と強さを見せたのですが、彼が戦場に立つことが出来たのは大坂の役以外の戦いを含めても僅かな期間でしかありませんでした。

結果だけ見れば真田幸村は何も成し遂げられないままにその生涯を終えました。

織田信長は天下統一への道筋をつけました。
豊臣秀吉は天下統一を果たしました。
徳川家康は天下を治めました。

そうであるにも関わらず彼のことが上の三人と並ぶ程に長く語り続けられる理由は何なのでしょうか?
真田丸は主に敗者の側から語られた物語です。歴史は多くの場合、戦いに勝った側の都合の良いものとなりがちです。しかし、その流れの中に於いて尚、例外のように語られ続けた理由は、彼等が信念を持って挑み続けたからなのだろうかと思い当たります。
真田の家の人間だけでも、昌幸は信用ならないと言われながら虎視眈々と機会を伺い家康を翻弄し続けました。信之は別れを選択しながらも生き残り家を残しました。幸村は家康を其の首に槍が届く寸前にまで追い詰めました。
立つ位置さえ違えども皆、懸命に戦い抜いた。その姿は決められた結末に向かっていくにも関わらず、もしかしたらと思わずにはいられない魅力に溢れていました。

考えてみれば自分のちっぽけな人生を省みても完全に自分の力を出し尽くして敗北したという経験は稀です。大抵の場合はどこかで全力を出し切る前に勝手に負けてしまうことが殆どだったように思います。そういった経験にはやはり全力を出し尽くせれば勝てたかもしれない等と愚にも付かない後悔が付き物です。こういった記憶と結び付くことが全力を出し切って負けた幸村の敗北に何処か爽快感を感じている理由なのかもしれませんし、語り継がれる理由でもあるのかもしれません。
また他の登場人物達も多くは力及ばず勝利することは出来ずとも其れ其れに力を尽くし時代が作られていった。そんな姿が魅力だったのだろうか等と改めて思います。

最後になりましたが、最後までお付き合い頂いた方も、途中から入った方も、部分部分でお付き合い頂いた方も本当にありがとうございました。

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