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二条城入口

京都旅行2日目 二条城

京都旅行に来て、初日はいきなり雨に降られてどうしようと思い、ああ、そうか自分は旅行に行くことする許されないのですね。神様のバカヤローという祈りが通じたかどうかは知りませんが二日目は晴れました。神様ありがとう。

二日目は昨日ようやく辿り着いてみたら既に閉ざされていた東大手門を拝む羽目になった因縁の二条城です。
悔しかったので朝一で行ってやろうと思っていたら、まあね。朝って色々と忙しいですからね。実際に到着したのは10時位ですから随分と余裕を持った到着となりました。
入城には先ず入城料を支払う必要があります。入場料だけなら620円、二の丸御殿の観覧料を含めたものになると1030円です。
どうにか抜け道が無いかどうか考えてみたのですが、流石は敵から攻めづらいことを念頭に置いて作られた戦闘要塞であった二条城です。しっかり外堀に囲まれているので、落語が如く適当な垣根から「おっと出れねえ、おっと出れねえ」なんてやっていると城の管理の人が来て「お客様、そこは出口ではありませんので城の中にお戻り下さい」とか言われて「そうなのかい?こいつあいけねえや、しょうがねえから城の中に戻ることにするよ。こいつあ済まなかったね」という訳にはいきません。
どこにも抜け道なんかありませんよ。
それとどうにか二の丸御殿だけ見ることは出来ないかとケチって考えてみたのですが、二の丸御殿は二条城の敷地内にあります。従って二の丸御殿に辿り着く為には二条城の敷地を通る必要があるので不可能です。諦めて料金を支払うことにします。
グッバイ野口ッチャン。

二条城 唐門


先ずはやたら豪華な唐門をくぐり二の丸御殿へと向かいます。
そしてここは写真撮影禁止です。なんてこったい。
二の丸御殿に入って直ぐの場所にあるのが遠侍の間です。
ここは当時、遠路遥々とやって来た侍が待機させられる場所です。
金襖に虎の絵が描かれています。なんでも江戸時代の頃の日本に虎は存在しなかったのだそうです。待たされる者達は、聞いただけの霊獣である虎が描かれた壮大な空間で待たせられることで幕府の権威をひしひしと感じて畏まること請け合いです。かと思えば柳の間は公家向けに植物を題材とした絵が金襖に描かれており、この辺は硬軟を使い分けている印象です。

そして大政奉還を表明した大広間一の間二の間は思った程の広さではなかったのが意外でした。勝手に描いていたイメージでは3、4百畳もある広大な広間を埋め尽くさんばかりの侍が平伏している光景だったのですが、実際は一の間48畳、二の間44畳の合計92畳となるので想像の半分もない広さでした。
しかし、よくよく考えてみれば江戸時代に拡声器なんてものはありません。実際にそんな広い場所でいくら声を張り上げても隅々まで届くわけが無く、それを聞かされる侍は「将軍、声ちっせえな」となって権威丸潰れになってしまうと考えれば、将軍の声が届く丁度良い広さというとこれ位が頃合いなんだなぁと思い直します。
大広間一の間は二の間から見ると一段高く見上げる格好であり、且つ互いを隔てる位置からせり出した鴨居と一段上がった帖台構で作られているので二の間に並ぶ者達から将軍の姿は遠近法と相まって遠くにいる大きな存在に見えるような演出が為されています。ここでも二の間に控える者と一の間の将軍の権威を見せ付ける演出に余念がありません。

中に入り鶯張りの廊下を歩くと音が鳴ります。想像ではギシギシというものを創造していたのですが、実際はキュッキュという甲高い鳴き声のような音がします。やはり現地を見ないと分からない事というのは思った以上にあるものなのだと思ったりします。

次は本丸御殿へと向かいたかったのですが、ここは保存修理工事中とのことで残念ながら見ることは出来ませんでした。
仕方ないので内堀をぐるりと周って天守閣跡から京都の町を一望して少し休憩します。そこでは、観光客のおじさんを捕まえたおばちゃんが私は海外生活が長くて常にここに居るのよと自己顕示欲丸出しの話を延々と聞かせていました。おじさんが「じゃ、私はこの辺で」と私が見ているだけでも2、3回言っていたのですが、おばちゃんのトークは全く燈る気配が無く、わざわざ京都くんだりまで来て災難な目に遭っているなぁという微笑ましい光景を目が合わないように横目で見ていました。

二条城二の丸庭園

途中で通り掛った二の丸庭園


次に展示収蔵館に行ってみます。
中に入って驚く料金徴収があります。やぁ、これが竹の子剥ぎという奴かぁと観念して数百円を支払います。
入って直ぐの部屋は土中から出土した瓦などが来たものが並べられていて、いやぁ損したなぁ等と思っていたのですが、続く部屋にガラスを挟んで御殿で飾られた実際の配置に置かれた黒書院造の障壁画は、やはり迫力がありました。真ん中に腰掛けられるようになっていて、ここに座って見てみると、これを城で実際に見せられたら自分も畏まってしまうだろうなと感じます。なので、ここも二条城に行ったら見るべき場所になるかと思います。

そんなこんなで二条城を後にして次は京都御所へと向かいます。
それでは今日はこの辺で


観覧謝絶

そうだ京都に行こう!!1日目 其の2

久々に旅行に行こうと思い立ってから京都旅行に来たら雨が本降りになって来て酷い目に遭い続けながらの京都旅行1日目の続きです。

西本願寺 御影堂門 渡廊下

西本願寺 御影堂門 渡廊下の段差に腰掛けて庭を眺めると良い感じ


まったく期待していなかった西本願寺が意外にも感心すること仕切りで御影堂の中で暫く黙祷を捧げるおじいさんの気持ちも分からないでもないなぁと思いながら、私も気付けば10分程度で切り上げる筈が気付けば1時間近く滞在していました。最後はやはり御影堂の縁側で腰掛けて休憩していたのですが、そこから眺める先にある大銀杏を晴れた日にのんびりと見ていると気持ち良いんだろうなと思うので行かれた際の小休憩に是非どうぞ。
私の場合は腰掛けていたらいよいよ本降りとなった雨を見ていて気付けば頬を伝うものが雨なのか涙なのか分からなくて困りました。

とは言え、まさか京都観光に出て一か所目の観光地でいきなり雨に降られたからといって泣いてホテルに帰ればチェックイン時間前だからフロントのお姉さんにこいつうぜえと思われながらロビーで待つように言われて、そこでメソメソしていたでは悲し過ぎるということで土砂降りの中で観光を継続です。

土砂降りの島原大門

土砂降りの島原大門。雨うぜえとか独り言を言っていたら地元の人に鼻で笑われた感じで横を通り過ぎていかれて恥ずかしいやら悲しいやら


島原大門
次は島原大門に向かいます。
嘗て花街であった場所です。
新撰組の隊士は昼間は訓練で汗を流して、この門を鼻歌交じりにくぐって楽しく過ごしていたのかと思うのですが、私は雨でずぶ濡れになりながら到着ですので楽しくも何ともありません。
いま書いていて気が付きました。
そうだ。ここでホテルに戻ってしまえば、今日という日が、ただ新幹線に揺られて遠くまで来て雨に濡れてホテルで寝て過ごしただけの思い出になってしまうことを何が何でも回避して楽しい思い出だったことにするんだという意地で回っていたことに気付きます。
なので、この門を昔の男たちはわくわくして通り、女は絶望して潜っていたのだろうか等と思いを馳せる余裕は無く、この時に私が考えていたのは靴の中も雨でグショグショになっていて、これが切っ掛けで水虫になったりしたら嫌だな位です。
いま考えると早く帰った方が良かったですね。

 

角屋

遠くから訪ねて行ったら閉まっていた角屋ー。角屋ー。


角屋(すみや)
ここは中を見ることが出来るらしいのですが、時期によって入ることが出来ないので注意してください。私の場合はコロナ禍の影響で見ることが出来ませんでした。
仕方ないのでトランペットをショウウインドウから眺める少年の如く外観を見て我慢することにします。檻のようにも見える格子を見ていると、ここでしこたま飲んだ新撰組の初代筆頭局長の芹沢鴨は暗殺されているので酒と言うのは怖いもんだと思います。
他にも酒の失敗で失敗したなんて話は枚挙に暇がありません。その怖さのようなものはもう少し自覚しないといけないのかもしれない等と思います。
角屋の格子が見ようによっては檻のようにも見えるのは心情のせいでもあるのかもしれません。

和違屋外観


和違屋(わちがいや)
現在も舞妓さんや仕込みさんが生活する場としての置屋と舞妓さん等と遊ぶことの出来るお茶屋として営業中です。

観覧謝絶

コロナはゴメンどすぇ


到着するといきなり「観覧謝絶」の木札が目に入って来ます。
微妙に字が汚いのにイラッと来ます。
残念ながらここも見ることが出来ませんでした。
お茶屋で遊ぶにしても一見さんお断りという奴でしょうしお値段も歴史と伝統が乗っかると考えると文字通り敷居の高いお店のようです。
ただ、今の状態で無理矢理入ったとしても入り口で「お越しやすぅ。あらあら、うちがプールだったら良かったんどすけどねぇ。お茶漬けでもお出ししましょうかぁ」と、意訳すると「おまえみたいにずぶ濡れの奴が入ると家が汚れちゃうから早く帰れよ。あと何かおまえ濡れた犬みたいな匂いすんな」という言葉を婉曲に伝えられて、やっぱり泣いて帰ることになったのではないかと想像します。

歌舞練場跡

歌舞練場跡


歌舞練場跡
知らずに通り掛かったのですが、歌舞練場跡がありました。
文字通り以前は歌や舞の練習場であったようなのですが、残念ながら閉鎖されて今では介護関連施設として使われているようでした。
京都に嘗ての賑わいはなく、また昨今の京都はインバウンドで賑わっていましたが、考えてみれば一見さんお断りのお茶屋さんがインバウンド客を受け入れることはありませんので、こういった舞妓さん等の養成所の閉鎖に時代の移り変わりのようなものを感じずにはいられません。舞妓さんや芸妓さんが接待をするお茶屋さんは一見さんお断り等による敷居の高さをブランドイメージの構築に繋げて成り立って来たビジネスモデルだと思うのですが、他の客層を取り入れる転換のようなものが必要とされているのかもしれない等と思います。例えば、海外インバウンド客に対して直接接待するのは無理だとしても芸妓の芸を見せるショーのようなものを行うのは有りじゃないかなとも思いますし需要も十分にあるように思えるのですが如何でしょうか。

自販機売られる「ひやしあめ」を発見

自販機売られる「ひやしあめ」を発見!しかも100円で安いしラッキー!


それと近くの自販機で「ひやしあめ」を発見!これは京都っぽいと思って早速お金を投入したのですが売り切れで買えませんでした。無念。

大銀杏

大銀杏。写真で見ると何か倒れそうだな


とぼとぼと歩いていたらちょっと斜めになっていて心配になる大銀杏を発見。根元には弁財天が祀られていたので、ついでに雨がやみますようにとお願いしました。

壬生寺 千体仏塔

壬生寺 千体仏塔


壬生寺
千体仏塔が雨の薄暗さとのコンストラストで何とも不気味な印象を受けます。
ここ壬生寺は嘗て新撰組の兵法調練場として使われていました。
本来であれば新撰組のお墓や資料館などで沖田総司が近所の子供を集めたりといったような新撰組にまつわる話を知ることが出来たのかもしれないのですが、私が訪問した際はやはりコロナ禍の影響で殆どは閉じられていて見ることが出来ませんでした。
私の訪問は知らぬ人から見たらお寺の境内を不審者がうろうろしているなといった所だったでしょう。

後は二条城を見て帰ろうと思って向かい、ヘロヘロになって到着しますが、到着時刻16:50分。観覧時間が終わって入口の正門が閉じられる所でした。

やっぱり雨の日はどっかに引き籠ってるか屋内で何かしてる方が良いのかなぁ等と思いながらバスに乗ってホテルに帰りました。
それと京都の交通系ICカードはICOCAですがSusicaも使えます。バスの中でたしかSuicaも使えた筈と到着駅まで座っていたのですが、もしも使えなくて後ろに並んでいる人に舌打ちとかされたらホテルに戻らず、そのまま泣いて家に帰ったかもしれないので良かったです。

その後は適当に夕食を済ませてから宿泊するホテルに向かいチェックインして大浴場で体を温めて無事に眠りにつくことが出来ました。

京都観光1日目終了。






水月ホテル鴎外荘に泊まってみました

コロナウイルスのお蔭で、かの森鴎外邸のあった場所に建つ
水月ホテル鴎外荘の宿泊費が元の値段は知りませんが、かなりお安くなっているらしいという情報をTwitterでゲットしたので、これ幸いと宿泊予約を入れて宿泊しました。

初めは、ん?水月ホテル鴎外荘とは、ホテルなのか何とか荘のどっちやねん。
アレか?水月ホテルでスタートしたけど森鴎外押しで行った方が良いとホテルとしてスタートした後に気が付いたのか?等と思っていたのですが、現地に着いてみたら敷地の中にホテルとは別に鴎外荘が建ってました。
うーん、そう来たか。と思いながらチェックイン。

実は上野の地は我が家から一時間も掛からずに到着する距離なんですが、彼の有名な森鴎外大先生にあやかっていっちょホテルに自ら缶詰めになって名文の一つでも拵えるかと思ったのです。
そんな気構えでチェックインしましたので、先ずは腹ごしらえと夕食を食べてから温泉に入って身を清め。部屋に戻って大きなベッドにやっほーいと飛び乗り、仮眠。いよいよ起きたらスマホを取り出してポチポチ。そんでもって、そうだ。プライムビデオで見ようと思ってたのがあるんだよなぁ等と思い出して見ようとしますが、どうも部屋運が悪かったらしくホテルのWifiがいまいち安定しないので中止。
そうか!これは尊敬する鴎外先生が我にノーベル賞を取れと仰っているに違いないと気付いた私は部屋に据え付けてある机に向かい。目についた宿泊アンケートを丁寧に記入。
いよいよ、このこれを書き始めた所でございます。
ただいまの時間は午前4時。いきなり徹夜です。

ホテルの感想としては、
やっぱり温泉が良いですね。
浴槽が檜のものと大理石のものとで別れており、日替わりで男女が入れ替わります。
なので自分の場合はチェックインした日は檜、次の日の朝は大理石タイプのものになっていました。大理石タイプの方が広いですね。
泉質がどうとかは良く分からないですが、やはり足を伸ばしてのんびり入れるのは嬉しいですし身体もポカポカです。
実は当初、コロナの影響なのか、はたまたボイラーがぼろくて調子が悪くなったのかは知りませんが浴場の清掃を行う兼ね合いで入浴時間がかなり制限されたものになるという悲しいお知らせが来ていたのですが、宿泊日には通常運営に戻ってくれていたので思う存分、温泉を堪能することが出来ました。
注意点としては脱衣室にセーフティボックスが設置してあるので、別にわざわざフロントで「温泉に入っている間に脱衣室の鍵を盗まれて、それを使って泥棒に入られたら私は破滅する。なぜだか分かるかね?そこに世界の全てを置いて来たからだ!!」
フロントスタッフ「ワンピース!!」
とか無駄なやり取りをしなくても良いです。
この辺りはチェックインの際に教えてくれるか部屋に置いてある案内にでも書いておいてくれると嬉しいかもしれません。スタッフの人は感じ良く預かってくれましたよ。
正直、自分がフロントスタッフだったら「ああ、鍵だったら脱衣室にセーフティボックスがあるから、そこにでもしまっとけよ。でもオマエの荷物なんか誰も盗まないと思うよ。なんか臭そうだし」「臭そうって何ですか!!ぱひwふぁいおpdふぁお@えrじ」となって無駄なクレームを受けそうな気がするのですが、ここのスタッフにそんな気配は微塵も感じません。実際にホテルスタッフの人はフロントにせよ誰にせよ、皆一様に笑顔で対応してくれるのは凄いなぁと思うところです。
今までホスピタリティって何じゃらほい?って思っていたのですが、こういったおもてなしの心と言うのがそれに当たるのかなぁ等と思います。

ホテルの作りとしては正直ボロ・・・、いやレトロな、旅館のノリでホテルにしてみました的な日本独自のホテル文化を勝手にジャパニーズホテルと名付けてみたのですが、その歴史を現在進行形で着実と積み重ねているホテルだと言えるでしょう。

それに加えて、たぶん小柄な人だと使い勝手が良いのだろうなぁという気がする作りの微妙な小ささが何とも言えません。年取って体もいい感じに縮んで来た親に冥途の土産で温泉でも適当に連れていって良い思い出の一つも持たしてやるかって時に良いのではないかと思います。更にホテルとは言え、むせ返るような昭和建築の匂い。宿泊していて妙に懐かしいような不思議な居心地の良さを感じさせる要因はこの辺にもあるのでしょう。
それと、これ大丈夫かなぁと思わせておいて実際には事足りるという、気が利いてるんだか利いていないんだかよく分からない所が妙味です。

それと私はシングルルームに宿泊したのですが備え付けの部屋備品のマグカップ一つだけ温めることの出来るIHサーバーは地味に欲しいって思いました。ほら、自宅でもティファールとかポッドを洗うのって何だかんだ面倒臭いですけど、鉄製のマグカップ一つ位ならそんな手間も掛からなくて良さそうじゃないですか。残念ながら部屋の据え付けなのでかっぱらって帰れないのが残念です。


そして森鴎外が住んで「舞姫」を完成させた場所となった鴎外荘ですが、これは実際に森鴎外が住んでいたことのある古民家です。
日本の観光地で言うなら修学旅行で長崎のオランダ坂を上って、オマエこれただの坂道やんけ!!ってツッコんだ時を思い出しました。

森鴎外の遺書

でも森鴎外の遺書が展示されててビビる


鴎外荘の中で食事が出来るようになっているので、ある程度、長い時間いて趣を味わう余裕があると感想が変わる気がします。回り廊下から見える窓から見えるこじんまりした庭は趣を感じるので、晴れた暖かい日には縁側に腰掛けてお茶なんか出来たりすると気持ち良さそうだなぁと思いました。

総括としては、細かいツッコミ所は多いんですが、例えると何だかんだ言われながら町の人から愛されている中華屋みたいなホテルだなぁというのが率直に思った所です。
他にも日帰り温泉や会食利用も出来るので実際に近所の人が利用するケースが多いホテルなんじゃないかと想像します。
個人的には東京砂漠に疲れて心が荒んだ時に訪れてみると意外に癒されて良いかと思いますよ。

それでは本日この辺で