前回の続きです。
京都旅行2日目の午前は二条城を見ていたら終わりました。予定では早めの昼食を済ませて京都御所に到着していた予定だったのですが順調にスケジュールが遅れています。
しかしテクテクと京都の町を歩くと基本的には碁盤の目が如く四角い区画で出来ていることが実感出来て面白かったりします。

そんな作りの町なので方向音痴な私でも道に迷うということは基本的にはありませんでした。四角過ぎて曲がらなければならない所を曲がらずに通り過ぎたということは何度かありましたが四角なのでリカバリーも容易であるというのは有り難かったです。
しかし同時に小道に入ると狭いと感じる場所が多いとも感じます。京都を歩いているとやけに軽自動車を見ることが多いと思っていたのですが、この道を普通自動車や大型車で自由自在に走り回るのは乗り手に対して相当シビアな立体感覚を求められることは疑いようが無く、更にその感覚通りに車を走らせる高い運転技術が必要とされるのだろうと考えると、自分も京都在住なら軽自動車を選ぶだろうと思います。道すがらボディの凹んでいる車を見掛けると、まぁそうなるわなと変に納得します。
大事なことなので繰り返します。京都で車を持つなら軽自動車の方が無難です。

セットバック?隅切り?なんで儂の土地に建てたらあかんねん。道路が狭い?ふざけろ!腹いせに岩でも置いたろ!

またセットバック(自宅に面している道路が4mに満たなければ次の改築時にその分の土地を道路として提供しなければならない)が悔しかったんでしょうね。このように腹いせとして岩を置いて妨害していたりするのを見ると、まぁこの辺も京都人気質なのかねぇ等と思ったりします。
あら?道路が狭くなるから建物を後ろにずらさなあきまへんの?そらそうどすなぁ。仕方ありまへんなぁ。ほな、道行く人のために雅な岩でも置いて目を楽しませまひょ。へ?お陰で車が岩にぶつかって凹んだ?持ち主を車の暴力から守ってくれるなんて、ほんまに持ち主思いの岩やわぁ。あと、岩の横にスペースが空いて勿体ないからエアコンの室外機でも置きまひょ。あら?岩が室外機も車のドライバーから守ってくれてますわぁ。これは良うおすなぁ。よろしおすなぁ。

こんな感じで車を凹まされるドライバーは大変だなぁ等と思いながら移動していると京都御苑に到着しました。

名前のイメージからどんな雅な場所なのかと思っていたのですが、見てみると意外にも自然豊かな大きい公園だったりします。
調べてみると日程によっては公園の季節での自然案内なども行っているようです。
京都御苑イベントHPリンク
筆者は先ず御苑に到着して入口に並ぶベンチに腰掛けて休憩しました。
ベンチに腰掛けていると気付いたらうとうとして微睡みながら見る自然も中々に乙なものでした。
そのまま居眠りをして一日を過ごすのも良いのかなとも思ったのですが、それだと書くことが何もなくなってしまうので立ち上がり蛤御門へと向かう事にします。

京都御苑の蛤御門


蛤御門
正式名称は「新在家御門」
なんで蛤御門等と海の近くにある訳でもないのに呼ばれているかというと御所が火事になった際に滅多に開けられることのなかったこの門が開かれるのを見た京都の人たちが「あれあれ、普段は閉じていて開かない門も火事の時には開かれるんどすなぁ。これはまるで蛤が火で炙られて貝を開くようなもんどすなぁ。面白おすなぁ。おかしおすなぁ。あっはっはっ」と言ったかどうかは知りませんが、京都人らしい皮肉というかユーモアが発揮されて付けられたようです。
おかしおすなぁ。
このユーモアたっぷりの名前が付けられた蛤御門ですが、元治元年7月19日に蛤御門の変という幕末の中で起きた事件の中の舞台ともなりました。
当時、京都から追放されていた長州藩の勢力が、天皇を奪取するべく挙兵。
結果として京都市街3万戸が焼失するという当時の京都の人々にとってみれば迷惑千万このうえない大事件でした。おまけに攻め入った長州はこの争いに敗れて朝敵とされることになりました。
この戦いの中心地が御門近辺であったことから蛤御門の変、もしくは禁門の変と呼ばれることとなります。門にはその戦いの跡である弾丸の跡が今も残っています。

蛤御門に今も残る銃痕


その後この戦いの中心であった長州と薩摩、そして幕府は騒がしい幕末の中心となっていきます。
門の銃痕を眺めていると「暴力と不平等の人類史」ウォルターシャイデル著には武力を伴わない革命は長続きしないといった身も蓋もないことが述べられているのですが歴史の古今を振り返ってみると血を流さずに成し遂げられた革命に思い当るものはありません。いつか武力を伴わなくとも世界を変わっていける世界になれば良いのになぁと願わずにはいられません。

それでは今日はこの辺で

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投稿者: 悲しい笑い

ブラック企業を渡り歩き、どさくさに紛れて営業のマネジメントや新規事業の立ち上げをやったりしていました。