地上遥か高みに居住しながら糞尿の処理に困ったりと天空高くに住まう天上人にも生活があります。
それはつまり生活がある以上は我等地上の民草を文字通り雑草のように扱い見下しながらも一個の人格を有しており、そこにはやはり物語が存在しているということです。
タワマンを見上げ思います。
タワマンの天上人共は停電してエレベーターが使え無いんだったら配達させれば良いじゃないとばかりに50階の部屋まで無駄に2リットル6本入りの水を10箱位買いだめして配達員に血反吐を吐かせ、帰りにはご苦労様。ついでに私の糞尿を渡すから処理しといて頂戴とでも言ってチップ代わりに持たせているに違いないのです。
というような勝手な思い込みがあることに気付いたので偏見は無いに越したことは無いだろうと正しい理解を得る為にタワマン文学に挑戦してみたいと思います。
私は港区の地主の息子として生を受けた。
当時は自分のことを特別だとは思っていなかった。
何不自由ない暮らし。
それは当たり前のことだと思っていた。
しかし成長するに連れて段々まわりと自分は違うのではないかと思うようになった。
スーパーファミコンが発売された。
クラスでそれを手に入れることが出来たのは少数でしかなかった。
私もそれが欲しいと思って父にねだった。
すると父はその日の内にいくつか付き合いのある会社に話してくれたらしい。
家に帰ると父に尋ねられた。
オマエの欲しいスーパーファミコンなんだがな?
いくつか種類があるんだけどオマエの欲しいのはどれだ?
おかしい?
スーパーファミコンは任天堂から発売されたものしかない筈だ?
取り敢えず父にどういった種類があるのか聞いてみる。
1.デパートが用意したスーパーファミコン
2.シャープの用意したテレビ付きスーパーファミコン
3.不動産屋の用意した家付きスーパーファミコン
父は好きなものを買ってやるから言ってみなさいと言った。
お父さん僕は普通のもので構わないんだからデパートの用意したスーパーファミコンで大丈夫だよ。
そうか?そんな安いのできちんと動くのか?と父は心配した。
「だって、おまえ1千万円は出さないとまともに動かないんじゃないか?」と心配したが家付きスーパーファミコンだと出掛けたりする方が面倒だと伝えると納得したが、もしもまともに動かなかったら家付きのを買ってやるから言いなさいと言ってデパートの外商部の者に言い付けて持って来させてくれた。
それと家付きのはどう考えても家の中にスーパーファミコンが置いてあるだけだろうと思ったけど、特にツッコむ気は起きなかった。
もしもこの時に家付きスーパーファミコンを買っていたら土地の高騰で倍以上の値段になっていたので今は少し後悔している。
だが、そんな我家にも転機が訪れる。
バブル崩壊である。
これが我が家を直撃した。
始めのうちこそ父は「なーに、バブル崩壊なんて言っても少しすれば直ぐに元通りさ」そういって強がったが戻る気配は一向に見えなかった。
何でもバブル崩壊の影響で我が家の資産は10分の1以下になってしまったそうである。
これで失意のどん底に落ちた父が家で酒を飲む切っ掛けとなった。
母も悲しみの底に沈んだと言って良い。
それまで父は自宅で酒を飲んだことがなかった。
酒とは家の外で人に注がれて飲むから美味いものだからだそうである。
だから今までは銀座に行っては人に注がせて飲んでいたんだそうである。
私には「酒は手間が掛かって仕方ない。オマエは酒なんか飲まないほうが良いぞ」と注意してくれた。
そんな父がバブルが弾けたせいで、今では自分でナポレオンやレミーマルタンを自宅でグラスに注いで飲んでいる。更に自宅を改装してワインセラーを設置した時、父は目に涙を溜めて拳を握りしめて悔しそうに震えていた姿は今でも忘れない。
ロマネコンティをグラスに自ら注いで飲んでいる父は酔うと「父さん、遂にワインも家で飲まなくてはならない程に落ちぶれてしまったんだ。オマエはこうなるんじゃないぞ」そう言っては、どう答えたら良いか分からずにいる私を困らせた。
もちろん、この大不況の影響は母にも及んだ。
母は「私は貧乏なんて気にしないわよ。その日その日を生きていければそれで十分」と気丈に振る舞っていたが今まで召使いにやらせていた着替えも自分でやるようになった時はどうしたら良いのか分からずだいぶ困ったそうである。
一度夜中に冷蔵庫から飲み物を自分で取り出している母と台所で出くわしたことがある。
「あらあら可愛い坊や。夜中にベッドから出たら風邪を引いてしまうわよ」
そう言って母は冷蔵庫から北海道の産地から毎日空輸している牛乳を取り出して私の分も用意すると「今までだったらメイドが用意してベッドまで持って来させるのに貧乏でごめんね」と言って泣いた。私はそれに気づかない振りをして「お母さんが注いでくれたこの牛乳おいしいよ」と言うと母は肩を震わせて泣いた。
私もこの影響の埒外には居られなかった。
当時の私は高校生だったが将来もうハーバードやケンブリッジ大学に行くことは出来ないと思うと辛くて仕方なかった。
父や母は私にオマエの進学費用位は残してあるから心配しなくて良いと言ってくれてはいたが遠い海外で一人で暮らすことなど到底出来ないと考えると、向こうで日勤帯と夜勤帯のメイドをシフトで回して最低でも5人、不自由なくするには7人程度は雇う必要があると考えると海外で暮らすことなど出来る筈もなかった。
しかも当時の私は車の運転手が雇う必要があることも頭からすっかり抜け落ちている程に幼かったのだ。
従って私は大いにグレて周りに迷惑を掛けて父母を悲しませた。
やがて私は車の免許を取るとフェラーリやポルシェを父の会社の経費で勝手に買って街を暴走した。最初はカードで買おうとしたらカードの限度額を超えてしまうので無理だと言われたのだ。またも貧乏が私を打ち砕く。その鬱憤を晴らすために無駄にスピードを出して高速を走り回った。時には警察に捕まり、署長に連れられて家に帰り父を嘆かせることさえあった。
「いえいえ、スピード違反程度ではございますけれどね。お宅の大事なご坊っちゃん様でございますんで警察署長のこの私、胡麻摺雄がですね。念の為にお連れした次第でございます。ええ、スピード違反程度ですんで、本来は免許取り消しの処置になるんですけど、そこは坊っちゃんのことですから・・・。それとこれは別件なんでございますけども、先生にはですね。あの件を・・・」
と言った。
落ちぶれて「もはや、私にはこの程度のことしか出来ない。情けない」と言って国会議員になっていた父に私は更に迷惑を掛けた。
勉強だって大してしなかったので東大にしか入れなかった。
大学を卒業した頃に父は亡くなった。
死ぬ時も私に父は「こんな不自由な暮らししかさせてやれなくてすまなかった」そう言って亡くなった。
私は別に貧乏が嫌だった訳ではない。
確かに満足な暮らしは出来なかったが何よりも父が貧乏であることに落ち込んでいる姿が耐えられなかっただけなのだ。
母と一緒に私は泣いた。
父の資産を受け継いだ後も私は失意を抱えたままであった。
こんな低学歴で手に職もない私にまともな就職口など無かった。どこも9時から17時まで働く社員を使い潰すことが前提のブラック企業しか働く場所は無かった。仕方なく私は不動産屋に言われるまま土地の売り買いをしたり証券会社に勧められるまま株を売り買いをして日銭を稼ぐ位しか出来ることはなかった。
しかし資産は減ること無く増え続け、母が亡くなる最後の年位にはどうにか人並みの暮らしをさせてやることが出来た。
母は最後に涙を流しながら「あなたはお父さんの無念を晴らしてくれたんだね」そう言って満足そうに頷いてこの世を去ることとなった。
だが私は心のなかで、それは違う。私は何もしていない。そう言おうとしたがそれが母を戸惑わせるだけであることが分かっていたので、ただ黙っていることしか出来なかった。
父母共に死ぬには早すぎる年齢であったが、やはり心労がたたったのであろう。もっと親孝行がしたかった・・・。
そう思った時には遅かった。
そんな時にCMでホリエモンがクルクルと回っているCMを見て自分をバカにされているような気がして無性に頭に来た私はライブドアの株を全て売り払うよう証券会社に連絡した。
証券会社の営業はこれからも上がるから止めた方が良いと止めたが、いいから売ってくれと言って強引に全て売り払ってしまった。そして暫くしてから証券取引法違反でホリエモンが逮捕された。奇しくも最高のタイミングで株を売り抜けることが出来たのであった。
それから尚も私の資産は増え続けた。
いつしか私は自分が何のために生きているのか分からなくなっていた。
あれほど父に止められていた酒も飲んだ。
女性とも付き合ってみたが自分で料理をする等と抜かして私が貧乏であったことを暗にバカにしてくるので頭にきてケンカしてしまい直ぐに別れてしまった。女は「所詮あんたはお金だけが全てなのよ」と捨て台詞を吐き、それを聞いてこんな私にはカネ目当ての人間だけしか寄って来ないのだと諦めた。
そんな時である。
また不動産屋がデベロッパーを連れて物件を売りつけにやってきた。
タワーマンションである。
そこで私は気が変わった。そのタワマンの部屋も買ってやるから、この自宅にタワマンを建ててくれと言った。
父母がいなくなった広さに耐え切れなくなった自宅の敷地より不動産屋の勧めるタワマンの敷地面積の方が狭いのを見て思いついたのだ。そうすれば今より両親に近い所に住める。
しかしデベロッパーが上の許可がどうのと渋ったので建築費も全て出すから建てた後の管理だけやれと言って上司に連絡させて決めた。
そこは「バベルタワー」と名付けた。
まるで自分が神であるかの如く思い上がっている者が住むには丁度良い。
どうだ神よ。
思いあがった私ごとタワマンを粉々に打ち砕いて見るが良い。
そうして私はタワマンの最上階全てを私の専用フロアとした。
しかし完成した後に図面を見たが中層部と下層部の狭さには驚いた。
なんと犬小屋程度の広さしかないのだ。
獣臭い建物になったらどうしようと建築家に相談すると、
何と驚くことに人が住んでいるという。
しかも家族と住んでおり、
そのうえ下層部に住む者は中層部に住む者に嫉妬し、
中層部に住む者の方が人としてのヒエラルキーは下層部より上だと言うのだ。
下層部と中層部の部屋には誤差程度の価格差しか設けていなかったと思うのだが、
人というのはミクロ単位でも差を付けないと気が済まないらしい。
正に人の持つ業というものを見せ付けられている気分だった。
完成した地上255メートルの部屋から地上を見下ろし
「見ろ!人がゴミのようだ!!」と言ってみたが全く面白くなかった。
窓から外を眺めていると考えてしまう。
人があくせく働いている中で私は何もしていない。
たまに証券や土地を適当に転がしているだけである。
私は何も生み出していない。
こんな私は一体なんの為に生まれて来たのだろう?
私の生きる意味とはなんだ?
金だけが無駄に増え続けていくから何なのだ?
そして、なぜ我が家では米が美味く炊けんのだ?
おしまい。
※ちなみにタワーマンションの高層階では米が美味く炊けないというのはガセネタらしいです。なんでも標高が高くなることで沸点が下がり炊飯に影響が出るというのは事実らしいのですが現在のタワマン程度の高さなら特に影響は出ないそうです。きっと今作の主人公は米を炊くとき目盛りを見ないで適当に水を入れているのがいけないんだと思います。