打ち捨てられた新聞

新聞はその役割を終えようとしているのかもしれない

日本の新聞の発行部数が結構な勢いで減少しています。
考えてみれば昔は各家庭どこでも新聞を取っていることが当たり前でしたが、今は新聞を取っていない家庭というのは珍しくないように感じます。
よく某新聞等は反日であると誹られ散々な言われ方をしています。コロナ禍の影響もあってか最近では朝日新聞が2021年3月期に441億円の赤字過去最大の赤字を計上したことが話題になりました。今後もその傾向は続いて行くことになるのかもしれないと思ったので書いてみます。

「近代日本のメディア議員」という書籍を読んでるのですが、この本はタイトルの通り議員とメディアとの関わりを書いており同時にメディアの歴史についても語られています。
今回はその中でも新聞に絞って書きます。
「近代日本のメディア議員」の中でも「政治のメディア化の4局面」という部分が興味深かったのでこれを筆者の独断と偏見を交えて紹介します。

第一局面 政治家が自らの理想や政策を掲げて新聞・雑誌を発行している政論を執筆している「政論新聞」が主流の時代。要は政治家が自分の考えを発信する為にメディアを自分で運営している状態。

第二局面 政治システムの監視や中立的な報道を行うことが評価される、詰りは世間一般でいうプロフェッショナルなジャーナリストが評価されるようになる段階。
プロのジャーナリストとして客観的で中立的な報道を目指すようになる。
政治家が自分の意見や政治的なメッセージを伝えるために発行されていたものが、この頃から一般の人々からの信用が高まることでジャーナリストから政治家になるケースが出て来る。
実際に政治家が元新聞記者と聞いても今では特に珍しいとは感じない程に一般化しているように感じます。
例を挙げると元新聞記者の政治家として首相経験者に限っても第85、86代の森喜朗氏は産経新聞、細川護熙氏は朝日新聞の記者でした。

第三局面 マスメディアが企業として発展。メディアの社会的影響力の最大化を求め、その目的は読者・視聴者層の獲得。
(著者はそれをコマーシャリズムと呼んでいるのですが、そこにはメディアに対する皮肉と失望も幾分かは込められているのではないかと勝手に想像します)

第四局面 政治家がメディアテクノロジーの発展によってマスコミだけに依存せずに自己発信によって「自己メディア化」を展開できるようになる。
今までの新聞や雑誌といったメディアも存在しているが政治家の依存度は異なる。
政治家は以前と変わらず自分の政治的な意図を発信する必要があるのですが、少し前までそれは新聞やテレビといったマスメディアに限られていたものがSNSなどを利用して自分で発信することが出来るようになったため新聞やテレビ、雑誌といったメディアへの依存度は相対的に下がっているように見えます。
また、第三局面の頃は新聞等のメディアの力が大き過ぎて誤った情報発信を行ってもそれが正しいものとして世間に認識されることも多かったように思います。
それが第四局面に入った今となっては政治家がSNSを通じて自ら訂正することが可能となり報道されて間もなく政治家にSNSで間違いを訂正されることは近頃では珍しくなくなってきました。その反面で新聞の信用度は下がりますので間違いの無い発表を願いたい所ではあります。

嘗ては政治家になるための登竜門として新聞記者になるケースも多かったようですが、その数は次第に減少しているようです。
書籍の中で元読売新聞で政治部部長編集局次長を務めた後に国会議員に転向した安藤覚氏は友人に議員として立候補する以前、友人に議員になると収入が減ってしまうので困ると相談を持ち掛けている逸話が紹介されているのですが、いつの頃からか新聞記者の給与が高額となってきたことから議員になるよりも新聞記者のままでいた方が生活が安定するという事情も多分にあるようです。

ここで冒頭に戻って来るのですが、新聞社の人間に支払われる給与は新聞の売り上げと広告収入になります。
しかし新聞の購読者数が減り続けているということは、それに伴って広告を出している会社も減ることになり、その両面の売上が減少することになります。
そうなると新聞社は記者を始めとした社員の給与を支払う為に何処かから収入を得る必要が出て来ます。
なぜなら利益の出せない企業はやがて従業員に給与の支払いが出来なくなり、その状態が続けば倒産するしかないからです。

そんな状態のメディアに例えばスポンサーとして資金を出す代わりに自分にとって都合の良い報道を行うように依頼したらどうなるのでしょう。
収入が確保出来ていればメディアは要求を断る筈です。
何故なら要求を受け入れたことが露呈すれば収益源となる読者の不利益に繋がり、読者が減ることに繋がり結果的に自分たちの首を絞めることが明白だからです。
しかし、これが読者数が減少していることで収入を確保出来ない状況の中で持ち掛けられた場合どうなるのでしょうか?

先に紹介した「政治のメディア化の4局面」でいう所の第三局面で培ったメディアとしての影響力と信用も第四局面に入ったことで薄れ続けているのが現状だと思います。
このまま行くと新聞はプロパガンダの一環として新聞を利用したい企業や国等に今まで培ってきた影響力や信用を切り売りすることになり、やがて特定の組織にとって都合の良いフィルターの掛かった情報を垂れ流すだけの代物に成り下がるのではないかという懸念を抱きました。

現在、新聞の不買運動なども散見されるのですが新聞メディアに対して平等で適正な報道を求める場合に一番有効な手段というのは新聞の購読を行い安定的な収益を与え、加えて読者が適正な報道を求めることを常にフィードバックすることが一番有効な手段であるのかもしれないとも思うのですが、それも新聞というメディアへの信頼が崩れている今となっては難しいのかもしれません。

もしかしたら私達は新聞というメディアがその役割を終えようとしている所に遭遇しようとしているのかもしれません。

それでは今回この辺で

参考資料