作者は「ライ麦ばたけでつかまえて」のサリンジャー,J.Dです。

この作品の登場人物は「ナイン・ストーリーズ」「フラニーとズーイ 」といったグラース家一連の物語の中の一作。
グラース家の長男、シーモアの話。
と、言ってもシーモアは最後まで出て来ません。

また理解の一助として彼等のグラース家家族の長である父のレスはユダヤ系です。
ユダヤ人というのは差別を受け続けています。意外にも建前を大事にするアメリカで彼等がどういった扱いを受けてきたのかを想像して読んでみるとまた違った見え方がするのではないかと思います。

サリンジャーという作家は日本で言うところの村上春樹のような立ち位置の作家なのではないかと思っています。それは広く多く読まれていても、とても個人的な作家だと読んだ者に感じさせるからです。
実際に村上春樹もサリンジャーの書いた「フラニーとズーイー」と「ライ麦畑でつかまえて」は「キャッチャー・イン・ザ・ライ 」というタイトルにして翻訳しています。その前の野崎 孝が翻訳したものも作品のクオリティを損ねるものではありません。或いは両方の訳を読み比べてみるのも一興かもしれませんね。

話を戻して物語の筋だけ言うと、シーモアの結婚式に呼ばれた弟のバディ。結婚式に行ってみるとシーモアは結婚式には表れず、しかも自殺してしまう。
ついでに言うとシーモアの自殺した理由と結婚式に表れなかった理由が語られる事はありません。

サリンジャーの書き続けている一貫としたテーマみたいなものはここでも変わる事なく描かれています。

それは疎外感、妥協していく事への拒絶。
イノセントみたいなものが求められている事は全く変わることはありません。

この人の文章にある、疎外感、孤独といったものとはまた違う、一種の突き放したトーンはここに来て一層に冴え渡っているので興味のある方は一度お試しあれ。

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投稿者: 悲しい笑い

ブラック企業を渡り歩き、どさくさに紛れて営業のマネジメントや新規事業の立ち上げをやったりしていました。