今回はストーカー規制法の切っ掛けにもなった事件「桶川ストーカー殺人事件」の主犯である小松和人という男が興味深かったので書いてみます。
事件の概要
事件発生日時:1999年10月26日12時50分頃
場所:埼玉県桶川市JR桶川駅西口前スーパー脇の路上
被害者:跡見学園女子大2年猪野 詩織さん21歳(1999年当時)
死因:ナイフによって左胸と脇腹を刺傷されたことによる出血多量
実行犯:久保田 祥史 34歳(1999年当時)
事件の主要人物と刑期
主犯 「小松 和人」被疑者死亡により起訴猶予
兄 「小松 武史」無期懲役
実行犯「久保田 祥史」懲役18年
運転手「川上 聡」懲役15年
見張り「伊藤 嘉孝」懲役15年
事件の主犯である小松和人の異常性についてです。
事件のあらまし
二人の出会い
大宮駅東口のゲームセンターで詩織さんが友人とプリクラを撮ろうとしたが壊れて撮れずにいたのを見た小松が声を掛けたことが切っ掛けでした。
猪野 詩織さんに伝えていた経歴と偽名
偽名と年齢:小松 誠 23歳
偽の職業:車の販売をしている23歳の青年実業家であり月に一千万程度の稼ぎがあると伝えていた
※5年前までフリーの自動車ブローカーのような事を行っていたようですがトラブルを起こしてクビになっている
小松 和人の人物像
本名:小松 和人
年齢:27歳(当時)
職業:風俗店経営
身長:180センチの細身
髪型:髪は天然パーマで少し染めている
顔の特徴:羽賀研二と松田優作を足して二で割ったような顔
その他:酒は殆ど飲まず、タバコも吸わない
口癖のように「自分では手を下さない。金で動く人間はいくらでもいるんだ」と言って、いつもポケットに万札をそのまま突っ込んでいた。
運営していた店舗:30歳過ぎの女性を人妻と称して性サービスを提供する「ファーストレディ」「山の手貴婦人」「奥様恋愛クラブ」という名前のファッションヘルスを複数店舗運営。
風俗店経営の経緯:以前は風俗店に勤務、常連客をスポンサーにして独立。
独立の際にはそれまで勤務していた店の風俗嬢を引き抜いた上に備品を持ち出した為に勤務していた先と揉める事となり、怒鳴り込まれた際に小松は涙を流しながら「暴力団に言いつけてやる」と言った。
事件発生後から自殺するまで:ストーカー事件の調査が本格化してから小松の住民票は池袋近辺を転々としており最後は板橋区のアパートになっていた。そこには小松が経営する風俗店店員の森川という従業員が住んでいた。
詩織さんの死亡時は沖縄に逃亡していつもと変わらない様子で過ごしていたという。描いていた筋書きは自分の知らない内に実行犯が勝手に殺してしまったというものだったようです。
その後、沖縄から北海道へ逃亡。
屈斜路湖で自殺した遺体が発見される。
残されたリュックサックには宛名の無い遺書のようなメモ書きがありその中には「天国には行けない…」と書かれていた。
軽く概要を書いてみましたが、先ず出会った当初から経歴と名前を偽っているというのが驚きです。
青年実業家と名乗っている時点でかなり怪しいと思うのですが厄介なことに実際にお金を持っていて高級外車を何台も乗り回す姿を見せられてしまうと相手の言うことを信じてしまうのも無理はないのかもしれません。
小松和人の猪野詩織さんへの異常な行動
被害者である小松から詩織さんへの行動を挙げてみます。
プレゼントは初め三百円程度のものだったが段々とブランドバッグや高級スーツと高額な物になっていった。
プレゼントが高額なため受け取れないと詩織さんが断ると、なぜ受け取れないのかと激昂した。
車の運転は急発進や急停車、蛇行するなど乱暴な運転。
計画性がなくドライブも行き先がしょっちゅう変わる。
カメラを持ち歩き運転中でも突然カメラで詩織さんを撮影するなどしていた。
詩織さんは携帯電話の番号しか教えていないにも関わらず自宅に電話を掛けてきた。
(後に興信所に調査させて友人や父親の勤務先等も調べさせていたことが判明)
小松のマンションに遊びに行くとビデオカメラが仕掛けられており、それを指摘すると今までプレゼントした分の金を払うかソープで働けと脅迫。
携帯に30分毎に電話、繋がらないと自宅や友人に掛ける。犬の散歩中だと分かると犬を殺すと怒鳴りつける。
詩織さんの友人に金を渡して監視させて状況報告をさせていた。
手下に詩織さんを尾行させていた。
詩織さんが持つ携帯電話の電話帳に男の番号が入っていれば勝手に連絡を取り浮気をしていないか確認する。携帯電話のメモリを消させるため自身に携帯電話を壊させた。
彼女の父親が会社からリストラされるように働きかけると脅迫。
ナイフで腕を切れと脅迫。
バリカンで頭を丸刈りにすると脅迫。
別れを切り出された後に小松と他に男二人で彼女の自宅に押し掛け、その後も電話で復縁を迫る。他にもかわいい弟がいるんだよな?と家族への危害を匂わせる内容の脅迫電話も掛けています。
彼女の自宅周辺、大学付近、父親の会社に詩織さんを中傷する大量のビラを撒く。
ビラの内容:
カラー刷りの発色も良く、素人目にも手の混んだものと分かるもの
見出し:゛wanted゛゛天にかわっておしおきよ!!゛
黄色いバックに詩織さんの写真が三枚レイアウト、
下には詩織さんの名前と誹謗中傷
中傷内容:援助交際okと書かれ詩織さんの電話番号も書かれていた。インターネット掲示板でも同様の書き込みを行い、そこには友達の写真と携帯番号が書き込まれていた。
それを父親の会社と支店に800通 本社に400通を嫌がらせに送付した。
詩織さんの自宅付近の住宅にも同じビラを投函する。
手下に彼女の自宅前に車を停めさせて大音量で音楽を鳴らしエンジンの空吹かしなどをさせる。
久保田 祥史に詩織さんを殺害させる。
小松 和人の異常性について
小松という男は感情的にとても不安定な人間である印象を受けました。
思い付きで行動することが多く実際にそれを起因としたトラブルが多く、その為に職を無くすといった事態にも陥っています。
そして強い自己愛を持ち、鏡の前で上半身裸で立ち一時間でも二時間でもニヤニヤしながら自分の姿を眺めていたといいます。
一般的に強い自己愛を持つ者は見捨てられるのではないかという不安を抱く中で自己に誇大とも言えるイメージを持ち承認欲求を強く持つ傾向があり、小松はその典型例でした。
そして典型的なモラハラ体質です。
例えば小松が詩織さんに携帯電話を自ら壊すよう強制したのは詩織さんを今までの人間関係から隔離させて自分一人の支配下に置くことを意図したものであり、それは支配欲の強いモラハラ体質の人間が取る行動の典型です。
もしも先述した詩織さんが小松のマンションに仕掛けられたカメラに気付かずにいれば、小松は狙い通りにその前で行為に及び、それをネタに脅迫して更に暴力と恐怖で支配される事になっていったのではないでしょうか。
以上のように考えると二人の関係は小松が詩織さんを支配する共依存の形でしか成立しなかったであろうことが窺えます。
そして何より異常だと感じるのは、その執着です。
ある日から小松の一日の大半は詩織さんの行動を監視して追い掛けることに費されたといいます。
他にプレゼントに掛けた金額とプラスして、仮に詩織さんを風俗で働かせたとしても回収できるのか?という資金と人的資源を投入しています。
更に言えばこれだけ執着している詩織さんを風俗で働かせようという行為は彼女からの信用を失い、もし本当に働いたなら彼女を貶め価値を失わせる行為以外の何者でもなく彼女に大学を辞めさせて結婚するという望みと実際の行動は言うまでもなく矛盾しています。
彼女の為に動かした人間の役割は下記となり、其々の役割に複数名が就いています。
・彼女を尾行していた人間
・彼女の自宅に乗り込んできた男
・ビラを貼っていた人間
・車に乗って自宅前で嫌がらせをした人間
・彼女を刺殺した人間
実際に逮捕された人数だけでも12名。
他に逮捕に至らなかった人間も複数名いるのではないでしょうか。
兄である小松武史との関係
逮捕者の中でも理解し難いのは兄である小松武史との関係です。
兄の武史は消防庁勤務の傍らで風俗店を経営。
事件当時は平成不況の頃であり公務員である消防庁は人気職種。恵まれているとは言いませんが安定した職業に就いている状況で、なぜこのような犯罪に手を染めたのか分かり兼ねます。
現在は獄中から無実を訴えていますが一連の事件の中で脅迫電話を掛ける等していることから信じ難く何れにせよ全くの無実ではありません。
しかし兄の武史は無実を訴える中で副業として中古車屋で働いていたことを弟の和人から消防庁に密告される等の嫌がらせを受け、風俗店経営も弟の和人から無理矢理引き受けさせられたものであると言います。
これは弟である和人が兄である武史を支配しようとした試みの成功であり、小松は家族間の関係ですら支配の対象としていたように見えます。
小松和人の歪んだ愛情
小松にとって愛情の対象とは同時に支配下に置きくべき対象でもあったようです。
或いは相手を自分の支配下に置くことで初めて自分が見捨てられてしまうのかもしれないという不安をかき消すことが出来たのかもしれません。
少なくとも小松の中に信頼するという概念が欠如していたことは間違いないようです。
このように小松から詩織さんに向けられていた執着は損得勘定を超え、最終的に全ての行動と投資を無駄にする殺害へと至っています。
彼は彼女から別れを告げられるということが自身の存在の全否定と同義となる程に依存しています。更に他人を信用せず基本的な人間関係は支配関係であり金で人は動くものだという信念に近いものを持っていたと思うのですが、そうであるが故に実際に兄ですらも意のままにした金を以てしても彼女から拒絶されるという事実は余計に自身の存在を揺るがし更に彼女への執着を強めていったであろうことが窺えます。
皮肉なことですが彼女が彼と別れる為に取った行動は寧ろ楔を打ち込むような効果を齎していたのかもしれません。
北海道へ逃亡してからの小松和人
2000年1月14日頃 北海道の川湯温泉にあるホテルに宿泊
服装は全身黒で坊主頭にして髭を伸ばしていた
1月15日 朝食後に現金で支払いを済ませチェックアウト
タクシーで屈斜路湖へと向かう
同日 午後2時 湖畔のホテルに三泊の予定でチェックイン
1月16日 全国に指名手配される
同日 午後11時過ぎ ホテルをチェックアウト
タクシーで釧路駅まで向かわせる途中で下車し近くのホテルにチェックイン
1月18日 屈斜路湖に戻っている姿を目撃される
以後は湖畔のホテルに宿泊
1月24日 朝 ホテルの部屋に埼玉県の自宅に送って欲しいという置手紙と荷物が多額の現金と共に残し姿を消す
1月27日 午後4時過ぎ 死体が発見される
顔には厚い氷が張り付き所轄の警察署内で解凍を待つことになった
死因は水死
身体からはアルコールと睡眠薬と思わしき成分が検出され首には浴衣の帯が巻かれていた。首つりで死にきれず湖に飛び込んだ自殺と判断される
腕にもいくつかためらい傷と思われるものが残っていたが新しいものか古いものであるかの判別は出来ず
屈斜路湖は火山が噴火した後に陥没した後に出来たカルデラ湖です。今でも完全に凍結せず冬場であっても湖の周辺部分だけが凍結するだけです。
小松和人の遺体の表面は凍り付きながらいくつもの火傷を負っていました。
最後に
小松和人は金があれば全て思う通りに出来るという信念に近いものを持っていました。
風俗店経営によって成功を収め、その金を手にしました。
実際に彼の手にした金の力は大きく、実の兄ですら自分の手足のように使い、従業員でもあった久保田に詩織さんの殺害を依頼し実行させることが出来る程でした。
しかしその金ですら詩織さんを最後まで思う通りには出来ず最終的に殺害。
その罪から逃れる為に北海道からロシアに逃亡する積りであったといいますが、それも叶わず。挙句の果てに奪われたのか騙されたのか持ち出した逃亡資金も僅かな額となっており最後は好きでもない酒を飲んで自殺。
金があれば全て思う通りに出来るという考えが過ちであることを自ら証明しました。
彼の持つ異常性、これは業とでも言い換えた方が適切かもしれません。
それは彼の背後で燃え続けじりじりと地獄へと追い立てました。その先で受けたのは凍り付くような拒絶。火傷を負いながら凍り付いた遺体がそれを体現しているかのようです。
結局、彼は自身の大切に思う人も含めて破滅へと辿り着く他なかったように見え、その姿は哀れであるとすら思えました。
それでは本日はこの辺で
関連して下記の記事も書きました。
桶川ストーカー殺人 埼玉県警上尾署の傲慢と失態
参考資料:
桶川ストーカー殺人事件―遺言 (新潮文庫)清水 潔
-フライデーの一記者である清水氏が小松を追い詰める姿からは執念すらも感じました。この事件に関わる警察の不正も暴いており、そこに纏わる記者クラブの問題提起も行っている一読の価値がある作品だと思います。
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桶川ストーカー殺人事件―遺言―