映画「海の上のピアニスト」(原題「The Legend of 1900」)感想

海 徒然日記

日本初公開:1999年12月18日
監督:ジュゼッペ・トルナトーレ
音楽:エンニオ・モリコーネ
イタリア・アメリカ合作

公開されてから随分と日が経ちますが色褪せることの無い名作です。

生まれてから一度も船を降りることの無かったピアニストの話。

物語はマックスという男の思い出話の回想シーンという描かれ方をしています。
主人公の1900(ナインティーン・ハンドレッド)はマックスの同僚であり良き友であり憧れを抱かせる英雄として描かれています。

回想の中の船は過ぎ去った時代を象徴しマックスは普通の感覚を持った普遍的な人間を代表している。
その対極の存在として1900が存在しているのだと思っています。

この作品は数々のエピソードが積み重なる事によって人の心を動かすことに成功しています。

はじまりは1900年。
作品の舞台はアメリカに渡るために多くの移民が夢と希望を抱いて乗り込んだ船であるヴァージニアン号。
その船の1等客船のダンスホールで金目のものは落ちていないかと探す石炭焚きのダニーはピアノの上に「T.D.レモン」と書かれた箱に入れられて捨てられた赤ん坊を見つけます。それをダニーはT.D.はThanks.Danny(サンクス・ダニー)の意味だと解釈して自分が育てることを決めます。名前は自分の名前を与えダニー・ブードマン、その後にT.D.レモンを付けて新世紀の最初の都市の最初の月の子だから1900「ダニー・ブードマン・T.D.レモン1900」と名付けます。
映画の中で1900が大きく揺れる船の中でピアノのストッパーを外し揺れによって縦横無尽に走るピアノを心地良さそうに弾くシーンがあります。
これは正に1900が船を揺り籠として育ち、ピアノを何よりの友として過ごしたことを良く表現しているなぁと思いました。

他にも豪華客船の中でジャズピアニストと対決したり。
想い人となる女性との出会いを経験し彼女を想って曲を作ります。

船は1900の生まれ故郷で在り青春を過ごした場所で在り彼が今まで生きて来た全てでした。

豪華客船はやがて病院船へとその役割を変え、遂には破棄されることとなります。
その姿に嘗て豪華客船であった頃の面影はありません。

この屍骸となった船は昔に捨て去ってしまった想いや過ぎ去った時代への懐古を表現しているのかもしれません。
それは普通の人が果たせなかった想い、あるいはそれは夢と言い換えても良いのかもしれません。
船と共に1900が殉ずる姿は同時に観客の脳裏に過去に果たすことの出来なかった夢やそのために選択することの出来なかった後悔を見ている人に同時に映しているのかもしれません。

1900は純粋な人だというイメージを抱きます。
純粋な想い。それに身を任せる事の出来る狂気すれすれの天才。

普通の感覚を持つ人間が見限らざるを得なかった時代に留まり続ける事を選択できる懐古主義者の最期。
誰もが正解を知っていても間違えた選択肢を選ぶことを望んだ時が一度はあったのではないでしょうか?
その選択肢を1900は選択しました。その結果として彼に訪れるものは死です。
殉教者への憧れ。
それを彼の姿が表現しているのだと感じました。

思うのですが、あの作品の主人公はマックスであり、海の上のピアニストという物語は彼を救う為の物語だったのではないでしょうか。

トランペット吹きとして船に乗り込んだとき彼は未来に希望を抱いていました。

やがて船を降りた彼はトランペットを買い叩かれた挙げ句にその楽器屋の親父にまともな飯を食えと諭される程になり帽子に隠れた彼の頭頂部も寂しいものとなっています。

その彼を救うための物語だったのではないかと思うのです。

作品が終わった後も暫くピアノの鳴る音が聞こえる気がする。
そんな余韻を残す作品でした。
夢は終わり、彼は陸に帰る。