菅官房長官と東京新聞記者の記者会見を見て思う事

「あなたの質問に答える必要はありません」
2019年2月26日の内閣官房長官記者会見の場で菅官房長官が東京新聞記者からの質問に対して行った回答です。その様子を新聞社各社が報道するのを見て筆者は安倍政権の横暴もここまで来たか!!と憤っていたのですが、その数日後に今度は会見で該当の場面の書き起こしがITジャーナリストの篠原修司氏より発表されました。

これを見て考えが変わったので、それについて書いてみます。

まず時を遡って2017年に菅官房長官が東京新聞に対して会見の場で当該記者が加計学園の獣医学部新設計画について正式に決定する前に決定したことを前提とした質問を行った為に事実を踏まえた質問をするようにと抗議をする内容の文書を出します。
この「官邸から出された抗議文について」2019年2月26日の内閣官房長官記者会見の場で東京新聞の当該記者から菅官房長官に対して質問が出されます。

東京新聞記者「官邸の東京新聞への抗議文の関係です。長官、午前(の記者会見で)『抗議は事実と違う発言をした社のみ』とのことでしたけども、この抗議文には、主観にもとづく客観性、中立性を欠く個人的見解など、質問や表現の自由におよぶものが多数ありました。我が社以外のメディアにもこのような要請をしたことがあるのか? また、今後もこのような抗議文を出し続けるおつもりなのか? お聞かせください」

菅氏が東京新聞に抗議文を出したことについて当該記者が記者会見の場で質問という形にすることでトンチをきかせて無理矢理抗議しています。この辺のやり方を見ると一休さんかオマエは!!等とツッコミたくなります。
更に細かいツッコミを入れると「主観に基づく客観性」って主観が入っている時点で客観は成立しないのでは?更に言うと中立性を欠く個人的見解など質問や表現の自由に及ぶものが多数ありましたの部分についても、表現の自由については、そもそも記者会見の場は表現をする場ではないのでは?と思いますし、そもそも1年以上前の話を何故このタイミングで?というのが単純に思う所です。
今後も抗議文を出し続けるのかどうかという質問についても普通に考えれば必要があれば出し続けるとでも答えそうなのですが、菅氏はそう答えれば報道への圧力だと捉えられる可能性を考慮したのではないかと想像します。

例えば、

記者「抗議文を出し続けるおつもりなのかけるおつもりなのか? お聞かせください」
菅氏「必要があれば出し続けます」

等と答えようものなら報道への圧力の証拠としてテレビで放送されるのは下のようなものになるでしょう。
質問:(抗議文は)表現の自由に及ぶものが多数ありました。我が社以外のメディアにも同様の要請をしたことがあるのか、また同じ抗議文を出し続けるつもりなのか。
菅氏「必要があれば出し続けます」
その部分だけに編集された動画を流し
ナレーション:このように菅氏は表現の自由を規制すると申しておりました。我々は安倍政権の暴走を止める必要があるのです。

といった編集の妙に対しての防御策としての回答だったのだろうか?と考えると偉い人というのは大変です。
よく考えてみれば、例えそういった編集を行っても、官邸側も動画を出せば済む話ではないかとなりそうなのですが、以前に調べた際に高齢者の殆んどはテレビや新聞を主たる情報源としておりWebを利用して自分で調べるという高齢者は少数です。つまり誤報であれ何であれ一度流されたニュースは多くの高齢者にとって事実として認識されます。そして高齢者ほど選挙に行きます。
つまり新聞社に取って政権を倒そうという意図を持った報道を流した場合、誤報であっても、それは彼等の意図した結果を齎す可能性が高いということです。
近頃、批判の多い新聞社ですが、やはりその力は依然として侮れないものなのだと思いますし、これを菅氏も十分に認識したやり取りと考えると興味深いものがあります。

話は戻り先の質問に対して菅氏は当該記者に対して会見は意見を述べる場ではなく記者会見の認識自体が間違っていると回答し、所属する東京新聞社からも「当社の方針ではない」と回答を得ていると付け加えることで当該記者の暴走であると答えます。ここまでは菅氏が見事に当該記者をやり込めた格好になったと思うのですが、これに対して当該記者は菅氏の伝えた内容に答えず質問で返します。

東京新聞記者「今の関連ですけども、抗議文のなかには森友疑惑での省庁間の協議録に関し、『メモあるかどうか確認して頂きたい』と述べたことに、『会見は長官に要望できる場か』と抗議が寄せられましたが、会見は政府のためでも、メディアのためでもなく、やはり国民の知る権利に答えるためにあるものと思いますが、長官はですね、今のご発言をふまえても、この会見は一体何のための場だと思ってらっしゃるんでしょうか?」

記者は抗議自体が間違っている。会見は国民が知りたいと考えたものを知るための場である。それを菅氏は会見の場をどう捉えているのかと、再び要望を質問形式にして返します。
これについて菅氏は「あなたに答える必要はありません」と回答するに至った訳です。

質問の内容を見ると非常に答えずらい内容です。その理由は当該記者は自分が抗議を受けたことを抗議して要望を述べて最後に国民の知る権利についてどう思うのかと言う大義名分を質問の最後に並べることで自分の要望を菅氏に認めさせた形にしたいという意図があるのだと思います。
通常、質問についての回答は文章ワンセンテンスにつき一つになると思うのですが、当該記者は前半にNOと言われるであろう自分の要望を述べた後にYESと言わざるを得ない質問で締めて、相手にYESと言わせることで全体に対してのYESを得ようとしています。
これは全文の書き起こしを見ているから筆者は言えるのですが、これをリアルタイムで直ぐに答えるのは大変です。
記者の意図に乗らなかった菅氏は流石だと思うのですが、如何せん血の通った人間なので堪忍袋の緒が切れてしまったといった所なのだろうと思います。これが普段通り冷静なままであれば、繰り返し記者会見の場は質問を受け入れる場であって貴方の要望を申し入れる場所ではありません。といったように当該記者に味噌汁で顔を洗っておととい出直しておいでと答えていたのではないかと思うのですが、当該記者は相手を挑発することに成功して菅官房長官から上手く失言を引き出せたといった所なんでしょうか。

また最後に今回のやり取りがあった記者会見の動画リンクを貼り付けたので見て欲しいと思うのですが、確かに他紙の記者と比較すると東京新聞の当該記者の質問は長いです。

そして筆者は思うのですが、こういった相手のミスを誘い出したりして揚げ足を取るようにして手にした情報、もしくは錯誤が価値を持つとは思えず、それは世間に混乱を巻き起こすだけです。こういったワイドショーにも似たトンチ合戦を行う労力は他の事に割り振った方が東京新聞の読者も喜ぶでしょうし、また当該記者は国の代表を自任するのであれば政策の矛盾点などを鋭く突いた質問を出すことで国をより良いものへと導くものであって欲しいと願わずにはいられません。そうすれば国民も記者クラブの必要性を認め、その存在が大手新聞社の既得権益に過ぎないのではないか等といった疑念も抱かれずに済むのではないでしょうか。

会見での菅氏と当該記者のやり取りは篠原氏記事より引用させて貰いました

内閣官房長官記者会見 平成31年2月26日動画リンク