お天道さまは見ている

ブラック企業の社窓から

今日もファスト&スローを読んで思ったことを書いていきます。
いやぁ、しかし四章だけでブログが4つほど書いているので、随分とコストパフォーマンスに優れた良い本を手に入れたものだと思います。

今回は人は誰かに見られていると感じると正しい行いをするという部分について書きます。
読んでいて思い出したのは自分が営業として方々を歩き回っていた頃の事です。営業として配属された当時はさっぱり売れる気配が見えず、かと言って今の方法以外に売る方法なんて思いつかないし、どうしようと半ばゾンビの如く当て所もなくフラフラと徘徊し、途中で喫茶店が目に付けば休憩してリフレッシュと言っては数時間位で休憩していた頃の事です。
機会があって一緒に上司と飲みに行くことになった自分は酒も手伝ってか上司に向かって「とにかく売れない。何をしても売れない。会社が悪い」と臆面もなく大した努力もしていない癖に一丁前に会社批判を交えて訴えたのですが当時の上司は「悲しい笑い。お天道様は見ているんだぞ」と優しく諭してくれたました。因みに自分だったら「その訴えを棄却します」の一言で終了させるか、もしくは「きちんと働け馬鹿」という言葉を贈った筈です。
結局、自分は、そうか。いくら営業で外に出ているからと言ってもさぼっていたら売れないのか・・・。という事に気付き真面目に営業に勤しむようになってからは少しは売れるにようになりました。そんなことで調子にのった自分は会社批判を堂々と繰り返し、おそらくそれが会社の上層部にへと伝わり関連会社に出向する事となりました。
当時の自分は調子に乗った若造特有の根拠のない自信と全能感に溢れた馬鹿者ですから、異動先でもどうとでもなると自信満々で出勤するのですが、事態は斜め左上の展開を遂げます。そこでは仕事の出来る先輩や尊敬できる上司によって間違った自分の認識を正されることは一切ありません。
異動先は生温かったのです。そこで自分は半分位は楽しく遊んで暮らし、本社から離れたことを良いことに休憩時間、まぁ事務所に居る時間は全て休憩時間みたいなものでしたが、そこでは本社の監視の目が届かないことを良いことに会社批判で盛り上がり、しかも、その流れから異動先の事務長と経理部長の仲が悪いことを知り、今度は経理部長の批判で事務長と大いに盛り上がる事となり、求人広告に出すなら「明るく楽しい職場です(会社の悪口で)」と書ける様な職場環境で伸び伸びとダメ社員生活を満喫する事となるのですが、やがて、というか遅きに失した感すらあるのですが業績不振で所属会社が消滅します。そこで会社批判で大いに盛り上がっていた気の良いおっちゃん上司や先輩達は軒並み会社からいなくなり自分は負け犬の残党の一人として元居た部署に戻るという悲劇に見舞われます。今から考えると盗聴器でも仕掛けられてたのかなぁ?
そこで学んだのは、いくら仕事が楽しくても業績を出さなくては存続することが出来ないという当たり前の事実です。
残念ながらゲットアウトしてしまった会社は本社と言われる所から離れた場所に有りました。しかも多少は専門性の高い業務を行っていたという事情もあって業務の内容に駄目出しを入れる事の出来る人間は監視機能を果たすべき本社にも存在しないので好き放題という働く社員にとっては極楽のような環境だったのですが。そこで何が起きていたかと言うと・・・。怠けるんです。その業務の中でお客さんの意見や反応を見ていると間違いなく提供している商品、サービスに問題があることは明白だったのですが、それが改善されることはありませんでした。
今になって思えば生意気に会社に意見ばかりして邪魔な自分が異動することとなったのは異動先の会社に対して行う是正処置の一つとして期待されていたのではないかとも思うのですが普通に一緒に遊んで暮らしてました(笑)
異動先の事務所の家賃や人件費等々の掛かる経費と比較して入ってくる売り上げを比較すれば、存続が許される筈がないというのは直ぐに分かったのですが、異動先の同僚の人たちの緊張感のない空気と相まって、きっと何かしらの理由があって赤字であっても存在する必要のある部署に違いない。寧ろ、これは神様が今まで頑張った自分へのご褒美に違いない位に思っていましたからね。実に愚かです。

ここで一つの実験を紹介します。
場所:イギリスにある大学のオフィス
状況:用意されたコーヒーと紅茶をセルフサービスで飲める。代金は横に置いてある箱に入れる
内容
・代金を入れる箱の近くに横長の写真を貼り付ける
・写真に注意書きはない
・1週目はこちらをじっと見ている写真2週目は花の写真
・上記の写真を10週に渡り1週間ごとに取り替える
結果:箱の中に投入される金額は「目の週」の投入金額は「花の週」に比べて約3倍に達した。

見られていることをコーヒーや紅茶の飲んだ人たちが意識した影響が金額に現れています。花の写真なら飲み物の代金を払わなくても、他人からそれを見られていると意識した為に代金を支払う人が増えたと言える実験内容であったと思います。

ここで話は戻って来るのですが、異動した先の会社の人たちは自分も含めて他人から見られているという意識が余りにも欠けていたのではないかと思います。
もしも「お天道様に見られている」という人から見られているという認識があって、自分の行っている仕事が人から見られて恥ずかしくないものであるのかどうかと気にすることがあれば事業の結果も多少は変わってきたのではないかと思います。
因みにお天道さま云々を教えてくれた上司は後に部長へと出世するも営業課員から功績を奪うようになって総スカンを喰らって転職して行きました。この点は会社からはマネージャーとして業績を残すことを要求されていたのに対して一営業プレーヤーとしての功績を出そうと考えてしまった。恐らくは追いつめられた末にせめて営業売り上げだけでもと考えたのだろうと思うのですが、これも「お天道さま」から見られている中で問題のない仕事であるかどうかを考えていれば避けられた事態であるのではないかとも思うのですが、家族を抱えていれば手を汚してでもと考えるのかもしれません。

これらの経験から自分の中では「正しい行いには、正しい結果がついてくる」のだと思うようになりました。そして、その流れが出来ない時には自分の仕事を省みるか会社自体に問題がないのかを考えるようになりました。

追記、転職した先で元上司はマネージャーとして実績を積んでいると耳にしています。

それでは皆に幸あれ。

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