株式会社産業革新投資機構(JIC)で民間出身の取締役9名が辞任。残るのは官僚出身の取締役2名となる事態が起きました。元々官僚では投資ファンドの運営が出来ないからと民間出身者を経営陣に取り入れた筈なので事実上の経営陣が誰もいなくなった事になります。
田中社長の説明によると元々は経産省の示した報酬案を基に取締役会で決議した内容を経産省が一方的に白紙撤回したことが原因としています。
この報酬撤回には鶴の一声的な何かがあったようです。
経産省の開示した役員報酬案は社長の場合は
基本給1550万円
短期報酬4000万円
長期投資収益が最大で7000万円
庶民の筆者はこれを見ると金融関係の給与相場も知らずに高いなぁと思ってしまうのですが、今回の辞任騒動の本旨は一度決められた給与形態を覆されたことにあるので、この社長の役員報酬が経産省から発表されたのは世論のミスリードを狙ってのものなのかね?等という疑念も抱きます。
今回は退任するに至った取締役5名の辞任コメントを見ることが出来たので、それらを見て今回の騒動は日本の組織が抱える問題点が如実に現れた典型的な事例なのではないかと思ったので取り上げてみたいと思います。
退任することになった5名の退任理由を要約と意訳したものを書きます。
得られた退任理由の記の日付は全て2018年12月10日付けのものとなり、発表者は社外取締役の下記の方々になります。
社外取締役・取締役会議長 坂根 正弘 氏
社外取締役・報酬委員会委員長 富山 和彦 氏
社外取締役 和仁 亮裕 氏
社外取締役 保田 彩子 氏
社外取締役 星 岳雄 氏
先ず共通しているのは経済産業省への不信感です。
他に今回の騒動について取り上げられた記事などを見ていて経済産業省の意思決定の不明確を感じます。お役所仕事と言えばそれまでですが経済産業省の人間から報酬体系についての告知が行われれば、それを基にして社内の仕組みが構築されていくのは当然のことのように思います。
それを本決まりのものではないなど言って撤回することが広く世間に認められるとは思えません。
社外取締役・取締役会議長 坂根 正弘 氏
主な経歴
株式会社コマツ製作所、相談役特別顧問。2001年コマツ製作所CEO就任時、営業赤字130億円のに転落、構造改革を行い2003年3月期には約330億円の営業黒字を達成。2009年米ハーバードビジネスレビュー誌「在任中に実績をあげた実行力のある最高経営責任者(CEO)」17位選出。
取締役を受けた理由
日本で投資回収不要リスクを伴う投資が少ない中でベンチャー等に対しての投資は官がリードする必要があると考えた。
退任理由
・官側の提案に基づいて取締役会で正式決議したことを根底から覆される
・経産省と取締役との信頼関係が修復困難な中でガバナンスを遂行できない
・現状で人材確保とスピードが勝負を決める米国社会で成功は難しい
社外取締役・報酬委員会委員長 富山 和彦 氏
主な経歴
株式会社経営共創基盤代表取締役CEO。 パナソニック社外取締役、東京電力ホールディングス社外取締役、産業革新投資機構社外取締役、中日本高速道路社外監査役、みちのりホールディングス取締役、財務省・財政投融資に関する基本問題検討会、文部科学省・科学技術・学術審議会基本計画特別委員会委員、経済同友会副代表幹事。
取締役を受けた理由
海外の巨大ファンドに対抗出来る政府系長期的リスク投資機能キャピタル投資機関を目指すという政策趣旨に賛同して引き受けた。
退任理由
・数か月経ち報酬の問題だけではなく広範な事項について後から覆される。
-上記の理由から法的安定性や信頼度が低い組織となっている
-現状で信用を失っており、それを取り戻すことは難しい
・現状でGPメンバー(ファンドの運用を行い投資先の企業経営にも関わって投資先を成長させていく運営者)を維持できない
・リクルーティングしたメンバーから提示した報酬が覆されたことによる訴訟リスクを懸念
更に富山氏は下記3点の検証を提案しています。
1.民主主義であるノルウェーやカナダで出来ることが日本ではなぜ出来ないのか?
2.官民ファンドが上手くいかないのはなぜか?
3.リスクキャピタル投資機能について日本は豊富な資金があるにも関わらず海外に劣っているのはなぜか?
以上の提案を筆者は見ていて検証を行ったことによって経産省が足を引っ張っているという事実が出るであろうことを見越しての皮肉なんだろうなというなという気がします。
社外取締役 星 岳雄 氏
主な経歴
経済学者。2012年よりスタンフォード大学教授、経済産業研究所研究員。
日本の金融システムに関する研究は世界的に評価を受けており2005年には日本経済学会中原賞を受賞。2012年よりスタンフォード大学教授。
取締役を受けた理由
前提条件として、どの産業を育成すれば効果的か分かる追い付き型の成長が終わった後に政府がイノベーションを促すことは不可能である。
しかし田中正明氏を中心に世界的な人間が経営陣に集まり、日本の政府・経産省も旧態依然とした体制から変わろうとしているのかと思ったので協力したいと考えた。
退任理由
・日本の政府は全く変わっていないことを思い知らされた
・ゾンビ企業の研究を行っているが、そのゾンビ企業の救済機関に成り下がろうとしている
社外取締役 保田 彩子 氏
主な経歴
米カリフォルニア大学デービス校経営大学院教授。
取締役の打診を受けた理由
1.金融学者としての知識・経験が役に立てると予想した
2.JICに必要な変化を受け入れる姿勢があると思われた
3.日本経済の競争力を高めることに貢献したい
退任理由
・イノベーションファイナンスの振興に貢献したいという熱意は変わらないがJICでそのその活動を行う最低必要条件が整っていない
社外取締役 和仁 亮裕 氏
主な経歴
日本国及び米国ニューヨーク州弁護士。上智大学法科大学院教授。
渉外金融法務、特にデリバティブ取引に関する名声が高い。
金融法委員会共同代表、金融庁金融審議会委員。
取締役の打診を受けた理由
・JICはリスクマネーの先導者としての役割を果たす補助金的な投資を行わず民間ファンドと同じ土俵で戦うことを標榜していた
・内外の有望な事業に投資し日本の産業の発展に寄与する事も目的としており政府系長期ファンドとして日本の国益に積極的に関わっていくことを予定していた
以上のように日本の政府系長期投資ファンドの手伝いをしたい
退任理由
・有望な人材を集めることに成功していた。また報酬は国際的な競争市場で採用されているものでなければならず経産省の提示した報酬体系はこれを満たしていた
・報酬は報酬委員会を設置して会社既定の中に取り込んだ
・米国でのファンド設立に向けて米国での人材確保作業を開始している
以上の報酬は経産省の意思で申込まれたものを経営陣が承諾したものだが、経産省はそれの撤回・無効と信頼関係を破壊されたと主張している。
取締役退任の共通項
彼等、彼女達はリスク投資を行うことで成長エンジンとなる事業の育成を目指していたようです。
海外では意思決定プロセスの迅速化とおそらくは責任の明確化がはっきり行われているのに対して、日本は責任の所在が不明確なボトムアップ型意思決定が依然として行われており時間が掛かり、且つどこかでダメ出しが入ると下部組織として扱われるJICの決定事項は容易に覆される。その為にパートナーもしくは投資対象からの信頼を著しく損ねる事態の発生は容易に想像できる。結果として当初目指していた海外で戦える政府系長期リスクキャピタルとして成立出来る公算は限りなく低い。
日本とシリコンバレーのバイオテクノロジーを繋げるために人材を揃えたにも関わらず、その人材達が就任する条件を反故にしたことが大きな問題であったようです。
更に、読み進めて行くと、どうやら当初は経産省から提示された条件を前提にリクルーティングの交渉を行ってきたにも関わらず、これもどうやら担当者から上の人間の鶴の一声的な何かによって、あっさりと覆されたことが大きな懸念事項となったようです。まぁ、これに海外の投資家たちから所詮は契約も守れない黄色い猿の絵空事だったかと笑われれるだけでなく訴訟リスクを抱えて更に、そんな組織に所属していたとなれば彼等彼女等も金融の世界で生きていくにあたってマイナスとなります。しかも自分たちが悪いわけではなく政府、経産省の無能の責任を自分達がなぜ被らなければならないのか?といった所が本当の理由であったように思えます。
結論として経産省はバカなの?
共通して伝わるのは全員の熱意と、それに裏返しとしてこういった事態となった無念さです。
せめて骨は拾おうと思い筆を執った次第でした。
取り上げた産業革新投資機構取締役辞任コメント全文は下記のリンクとなります。これを筆者が要約、意訳しました。
https://www.j-ic.co.jp/jp/news/pdf/JIC_ExternalDirector_20181210.pdf