ユダヤ教について

キッパのイラスト 幕末
キッパのイラスト

宗教について書きますよと言ってから、既にかなりの日数が経過しており時が経つのは早いなぁ等と他人事のように思います。いや、本当に少年老い易く学成り難しという言葉は本当です。このペースで行ったらふっと気が付いた時にはご老人になっているのではないかと割と本気で心配する悲しい笑いです。

今回はユダヤ教について書きたいと思います。幕末外交について調べていると鎖国について調べることが必要であることが分かり、そうするとキリスト教についても調べる必要が出て来て今度はキリスト教について調べてみたらキリストがユダヤ人であることが分かり、そうなるとユダヤ教についても調べる必要が出て来たという物事というのは大抵はどこかで繋がっていて元を辿れば人類皆兄弟というのは本当の話なのかもしれない等と思ったりします。
話は戻りユダヤ教と言えば、キリスト教、イスラム教と並ぶ世界の三大宗教の一角ですが、ユダヤ人の歴史というのを調べてみると正に苦難の連続と言っても過言ではありません。
神がいるのなら、なぜ忠実な僕であるユダヤ人の人々をこれだけ苦しめるのだろう?と思ってしまうのですが、これも彼等に言わせれば神の与えたもうた試練であるという認識なのでしょうか。

ユダヤ民族の受難

先ずユダヤ民族の歴史を簡単に書きます。
・紀元前2千年頃に遊牧民アブラハムがカナン(現在のパレスチナ)へ移住。
・アブラハムの孫であるヤコブ(別名イスラエル)に代に飢饉が発生した為にエジプトへ移住。
・ユダヤ人たちがエジプト人の奴隷にされる。
・モーセに神からエジプトを脱出せよという命令が下される。
(モーセが海を割ったという有名なエピソードはこの時の事です)
・脱出したユダヤ人たちがイスラエル王国を建国。
・ソロモン王が死去すると南のユダ王国と北のイスラエル王国に分裂。
・イスラエル王国はアッシリアに滅ぼされ、ユダ王国は新バビロニアに滅ぼされる。
・ユダヤ民族全体がバビロンに連行される(バビロン捕囚)。
・新バビロニアがアケネメス朝ペルシアに滅ぼされてパレスチナに戻ることを許される。
・ローマの植民地にされる。
・ドイツでホロコースを受ける
・国連でパレスチナ分割決議が可決されイスラエルの独立宣言が為される

以上のように経緯を大雑把に書き連ねてみましたがユダヤ民族というのは正に苦難の連続です。しかし通常であれば、こういった亡国の憂き目にあった民族の文化は征服された側の文化に吸収されて失われてしまうか残っていたとしても地方に残る珍しい風習程度になってしまう筈なのですが、ユダヤの人々は自分たちの思想。特に宗教を捨てることはしませんでした。それどころかユダヤ教は世界三大宗教の一つとして確固として存在しています。
なぜ彼等の文化が失われなかったかと言えば、これはユダヤ教という繋がりが存在していたからなのだろうと推測します。
ユダヤ教にはユダヤ人を特別な民族とする選民思想があります。選民思想とは神の忠実な僕として選ばれた民族であるというものです。従って彼等には自分たちが神に選ばれた者であるという自負と誇りが他の文化に染まることを強く拒む要因となり彼等をユダヤ人足らしめさせ続けたのだろうと考えます。
依ってユダヤ人の定義とは血統ではなくユダヤ教がユダヤ人であるという考え方も存在します。

一神教について

ユダヤ教は一神教です。
日本人は八百万の神が存在するという多神教の考え方をしますがユダヤ教は一神教です。
また一神教の神は英語で「The Creator」です。「creator」だと広告関係のデザイナーです。時々プレゼンで私は「The Creator」です!!(ドンッ)みたいなことをやっている人がいますが、これは自分が「神」です。と言っていることになるので気を付けましょう(でも、こういうことをやる人って本気でそう思っているのか、単に間違っているだけなのか判断に迷う人がいるのが困った所なんだよなぁ)
話がそれたので戻りますが神をクリエーターと呼ぶのは、神が創造主、人は神の作った被造物という考え方です。例えば聖書で最初の人間であるアダムは神が土の塵をこねてそれに生命の息吹を吹き込んで作ったとあります。創造主である神が自分の作った人が失敗作だと言って処分しようがどうしようが仕方ありません。陶芸家が自分の作った陶器の出来が悪いと割ろうと捨てようが創造主の自由であり、被製造物である人間に自分の扱いについてどうこういう権利はありません。そのような絶対の差が両者の間には存在します。

ユダヤ教とは

ユダヤ教の崇める神は唯一神である「エホバ(ヤハウェ)」となります。そしてエホバとヤハウェの違いは発音によるもののようでなので同一の意味となります。しかし、よく「エホバの神」という呼び方をしますが「エホバ=神」となるので、エホバの神だと神神となって、何だか滑舌の悪い人みたいになるので止めましょう。
特徴的なものは先にも述べました選民思想とメシア思想になるかと思います。
ただメシア思想についてはユダヤ教派によっては必ずしも中心的なものとはなっていないようなのですが、後に書くこととなるキリスト教に深く関わって来る部分なので概要を書くとイスラエルを再建して世界に平和を齎す存在とされています。
聖典は「タナハ」「ミクラー」です。
他に特徴的な部分としては「タルムード」という教典に従っての行動が求められますが、この行動についてはユダヤ人達の中でも議論されることがあり必ずしも全てを実行する必要はなさそうですが、ユダヤ教とは7つの戒めを始めとした行動に依るものが多く例えば朝夕の祈りを行ったりであるとか戸口に掲げられたメズーサーというヘブライ語で聖句を22行で記載された神を容器に入れて住まいの右側の戸柱に取り付けられており、家に出入りする際には手でそのメズーザに触れて祈りを捧げるといったように行動で示す面もあるため改宗してユダヤ教を信仰しようとしても、それらの作法を覚え実践する必要があるため一朝一夕には行かないようです。しかしユダヤ教自体は地上すべての民が聖なるものに近づくことが出来るという考えがあるため本人の意思によってユダヤ教を信仰することが出来るようです。そう考えると世界中すべての人間はユダヤ教を信仰することによってユダヤ人になることが出来るとも考えられそうです。この点、ユダヤ教を信じるには資格が必要であるといった排他性の強い宗教ではないようです。

最後に

しかし唯一神という考え方は大いに気になる点ですし、確かにユダヤ教を信じる者に対しては寛容な面があるようですが他の神を信仰する宗教も存在しており、それらの宗教とは対立する以外にはないと考えると宗教が原因となる対立は今後も無くなることはないのだろうと考えると暗い気持にもなります。しかし受難続きのユダヤ民族が今日に至るまで残り続けたのはユダヤ教という信仰によるものであることも疑いようのない事実です。こういった宗教の功罪というのは、とても一言では断ぜる類のものではないのだと気付きます。
以上、簡単にではありますがユダヤ教についてとなります。