ユダヤ教について

キッパのイラスト 幕末
キッパのイラスト

今回はユダヤ教について書きたいと思います。幕末外交について調べていると当時の日本に来ていた外国人というのは貿易は元より布教を日本国内で行うことも大きな目的の一つとしており、そうなると宗教についても調べることが必要であることが分かり、そうなるとキリスト教圏の人が日本に来ていたということはキリスト教についても調べる必要が有ることが分かります。しかし、キリスト教について調べるとイエスがユダヤ人であることが分かり、且つキリスト教は当初、ユダヤ教からの分派という見方もされていたと考えると、先ずは元のユダヤ教についても調べる必要が出て来たと言った具合に物事というのは大抵はどこかで繋がっていて元を辿れば人類皆兄弟というのは本当の話なのかもしれない等と思ったりします。
さて話は戻りユダヤ教と言えば、キリスト教、イスラム教と並ぶ世界の三大宗教の一角であり、現在のユダヤ人の定義はユダヤ教を信仰していることとされています。つまり昔から存在するユダヤ教の信仰を定義としていない頃のユダヤ人の血統を必要とはしていません。これは純粋なユダヤ人の血統を求められない程にユダヤ人の歴史というのが苦難の連続であり、純粋な血統をユダヤ人の定義とするとユダヤ人の数が少なくなり過ぎてしまうという現実的な問題も有るのではないかと推測します。
ユダヤ教を信仰しない完全なる第三者の筆者から見ると、神がいるのなら、なぜ忠実な僕であるユダヤの人々をこれだけ苦しめたのだろうか?と思ってしまうのですが、これは彼等に言わせれば神の教えを守ることが出来なかったが故であるという認識なのでしょうか。

ユダヤ民族の受難

先ずユダヤ民族の歴史を簡単に書きます。
・紀元前2千年頃に遊牧民アブラハムがカナン(現在のパレスチナ)へ移住。
・アブラハムの孫であるヤコブ(別名イスラエル)の代に飢饉が発生した為にエジプトへ移住。
・ユダヤ人たちがエジプト人の奴隷にされる。
・モーセに神からエジプトを脱出せよという命令が下される。
(モーセが海を割ったという有名なエピソードはこの時の事です)
・脱出したユダヤ人たちがイスラエル王国を建国。
・ソロモン王が死去すると南のユダ王国と北のイスラエル王国に分裂。
・イスラエル王国はアッシリアに滅ぼされ、ユダ王国は新バビロニアに滅ぼされる。
・ユダヤ民族全体がバビロンに連行される(バビロン捕囚)。
・新バビロニアがアケネメス朝ペルシアに滅ぼされてパレスチナに戻ることを許される。
・ローマの植民地にされる。
・ドイツでホロコーストを受ける
・国連でパレスチナ分割決議が可決されイスラエルの独立宣言が為される

以上のように経緯を大雑把に書き連ねてみましたがユダヤ民族というのは正に苦難の連続です。しかし通常であれば、こういった亡国の憂き目にあった民族の文化は征服された側の文化に吸収されて失われてしまうか残っていたとしても地方に残る珍しい風習程度になってしまう筈なのですが、ユダヤの人々は自分たちの思想。特に宗教を捨てることはしませんでした。それどころかユダヤ教は世界三大宗教の一つとして確固として存在しています。
なぜ彼等の文化が失われなかったかと言えば、これはユダヤ教という繋がりが存在していたからなのだろうと推測します。
ユダヤ教にはユダヤ人を特別な民族とする選民思想があります。選民思想とは神の忠実な僕として選ばれた民族であるというものです。従って彼等には自分たちが神に選ばれた者であるという自負と誇りが他の文化に染まることを強く拒む要因となり彼等をユダヤ人足らしめさせ続けたのだろうと考えます。

一神教について


日本人は八百万の神が存在するという多神教の考え方をしますがユダヤ教は一神教です。
また一神教の神は英語で「The Creator」です。「creator」だと広告関係のデザイナーです。時々プレゼンで私は「The Creator」です!!(ドンッ)みたいなことをやっている人がいますが、これは自分が「神」です。と言っていることになるので気を付けましょう(でも、こういうことをやる人って本気でそう思っているのか、単に間違っているだけなのか判断に迷う人がいるのが困った所なんだよなぁ)
話がそれたので戻りますが神をクリエーターと呼ぶのは、神が創造主、人は神の作った被造物であるという考え方です。例えば聖書で最初の人間であるアダムは神が土の塵をこねてそれに生命の息吹を吹き込んで作ったとあります。創造主である神が自分の作った人が失敗作だと言って処分しようがどうしようが仕方ありません。陶芸家が自分の作った陶器の出来が悪いと割ろうと捨てようが創造主の自由であり、被造物である人間に自分の扱いについてどうこういう権利はありません。そのような絶対の差が両者の間には存在します。

ユダヤ教とは

ユダヤ教の崇める神は唯一神である「エホバ(ヤハウェ)」となります。そしてエホバとヤハウェの違いは発音によるものなので同一の意味となります。しかし、よく「エホバの神」という呼び方をしますが「エホバ=神」となり、依ってエホバの神だと神神となって、何だか滑舌の悪い人みたいになるので止めた方が良いのかも知れません。
ユダヤ教の特徴的は選民思想とメシア思想になるかと思います。
ただメシア思想についてはユダヤ教派によっては必ずしも中心的なものとはなっていないようなのですが、後に書くこととなるキリスト教に深く関わって来る部分なので概要を書くとメシアはやがてイスラエルを再建し世界に平和を齎す存在とされています。
聖典は「タナハ」「ミクラー」です。
他に特徴的な部分としては「タルムード」という教典に従っての行動がユダヤ教徒には求められますが、この行動についてはユダヤ人達の中でも議論の分かれる箇所があるようですが、本筋としてユダヤ教は7つの戒めを始めとした行動に依るものが多く例えば朝夕の祈りを行ったりであるとか戸口に掲げられたメズーサーというヘブライ語で聖句を22行で記載された神を容器に入れて住まいの右側の戸柱に取り付けられており、家に出入りする際には手でそのメズーザに触れて祈りを捧げるといったように行動で示す面もあるため改宗してユダヤ教を信仰しようとしても、それらの作法を覚え実践する必要があるため一朝一夕には行かないようです。しかしユダヤ教自体は地上すべての民が聖なるものに近づくことが出来るという考えがあるため本人の意思によってユダヤ教を信仰することが出来るようです。そう考えると世界中すべての人間はユダヤ教を信仰することによってユダヤ人になることが出来るとも考えられそうです。この点、ユダヤ教を信じるには資格が必要であるといった排他性の強い宗教ではないようです。

最後に

しかし唯一神という考え方は大いに気になる点です。言い換えると唯一神というのは他の神の存在を認めないという事だからです。確かにユダヤ教は信じる者に対しては寛容な面があるようですがヤハウェ以外の神を信仰する宗教も存在しており、それらの宗教とは対立する以外に道はないと考えると宗教が原因となる対立は続くのだろうと考えると暗い気持にもなります。しかし受難続きのユダヤ民族が今日に至るまで残り続けたのはユダヤ教によるものであることは疑いようのない事実です。ここまで書いて、こういった宗教の功罪というものが一言で断ぜる類のものではないのだと気付きます。
以上、簡単にではありますがユダヤ教についてとなります。